第2話 舞台裏の残響
講堂の幕が下りたのは、午後一時三十分。
客席はざわめきながらも、「新しい演出だ」と勘違いした観客たちは拍手を送っていた。
けれど、舞台袖の空気はまったく違った。
スタッフの顔は蒼白で、顧問の田嶋先生は声を荒げていた。
「七瀬はどこだ!? どこへ行ったんだ!」
照明係の小坂トモヤが答える。
「さ、さっきまで舞台にいたんです! 暗転の直前までちゃんと見えてました!」
ユウマは舞台の中央に立ち、静かに周囲を見渡した。
ドレスの裾がかすかに引きずった跡。
その先には、点々と水滴が続いている。
「……やっぱり」
ユウマは指先でその水をすくった。
ほんの少し、甘い香りがする。
「香料入りのドライアイス用リキッドだな。舞台効果で使うやつだ」
ミナトが背後で首を傾げた。
「それが、どう関係あるんだ?」
「この床の模様を見ろ」
ユウマは指で舞台奥のラインをなぞる。
白いテープが二重に貼られており、内側の線がわずかにずれている。
「つまり――この舞台には“もう一枚の床”があるんだ」
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舞台裏。
ユウマは木製のパネルを持ち上げた。
下には小さな空洞。照明コードと配線が走っている。
「可動式の舞台装置だ。演出上、床を下げて雪崩のシーンを再現する仕掛けがある」
「つまり、レイカはこの下に……!?」
ミナトが身を乗り出した。
「それならすぐ見つかる。けど――」
ユウマは首を振る。
「センサーが動いてない。仕掛けは作動していない」
その瞬間、舞台奥の幕の裏から声がした。
「……それ、私が止めました」
現れたのは、演劇部副部長の白鳥カレン。
長い黒髪を揺らし、どこか挑むような目をしていた。
「安全確認が取れなかったから。リハでパネルが少し歪んで、危ないと思って」
「つまり、本番では床の仕掛けは動かない状態だった?」
「ええ。でも、照明を落としたのは私じゃないわ」
カレンは腕を組み、舞台奥を見た。
「暗転の合図は、先生からトモヤくんへ、そして照明卓に。
でもその間に、誰かが“もう一度スイッチを入れた”」
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ユウマは照明室へ向かう。
狭い通路の先、薄暗い部屋。
卓のランプがまだ微かに光っていた。
小坂トモヤが追ってくる。
「俺、本当に知らないんです! いつも通り操作しただけで――」
「いや、君じゃない」
ユウマはパネルの裏に指を差し入れた。
そこには、小さなリモコンの受信機が取り付けられていた。
「外部操作用のスイッチ。これで照明を落とせる。
本来は緊急時に使うものだが……コードが新しい」
トモヤが青ざめる。
「誰が、こんな――」
ユウマはリモコンの裏をめくり、小さなシールを見せた。
そこにはマジックで書かれた文字。
“KAREN”。
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舞台に戻ると、カレンは落ち着いた声で言った。
「……そう、それは私のです。
でも、それで七瀬を消したなんて言うつもり?」
ユウマは静かに首を振った。
「いや。君が“消した”んじゃない。
彼女が自分で消えたんだ。」
カレンの目がわずかに揺れる。
「どういう意味?」
「暗転の瞬間、照明は完全に落ちたわけじゃなかった。
一瞬、残光があった。
その光で、鏡面パネルが“背景と同化”したんだ」
「鏡面パネル?」
「雪山の場面を再現するための反射パネル。
彼女はその裏へ滑り込み、観客から見えない位置に隠れた」
ミナトが驚く。
「まさか、そんな狭いとこに!?」
「ドレスの裾に防寒素材が仕込まれていた。
つまり、計画的だったんだ」
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田嶋先生が息をのむ。
「じゃあ、七瀬は……自分から舞台を降りた?」
「ええ。でも問題は、その“理由”です」
ユウマはドレスの裾から見つかった細いリボンを掲げた。
端には、焦げ跡。
「照明リモコンの受信部の上に、このリボンがかかっていた。
誰かがわざとそこに置いたなら……彼女を“消す演出”を利用した可能性がある」
カレンは息を止める。
その目に、初めて恐れが宿った。
「……まさか、あの映像も?」
ユウマはうなずいた。
「放送部のカメラ。照明が落ちた瞬間、映像だけが途切れた。
つまり――“見られたくない瞬間”があった」
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講堂の外から、騒がしい声が近づく。
「レイカが……! 見つかったって!」
ミナトが顔を上げた。
「どこで!?」
「屋上の非常階段下。気を失ってたけど、命に別状はない!」
田嶋先生が胸を撫で下ろす中、ユウマはただ空を見上げた。
「……舞台の幕が上がるたび、人は仮面を被る。
でも、本当に怖いのは“幕が下りたあとの沈黙”だ」
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次回 第3話「幕の裏の真実」
――主役は、なぜ自ら舞台を去ったのか。
その“消失劇”の裏で、もう一人の誰かが笑っていた。




