第1話「歪む証言」
午後五時、放課後の学園は、いつもの静寂に包まれていた。
夕焼けの光が理科準備室の窓を斜めに差し込み、埃の粒を金色に染める。
ユウマは机の上に散らばる紙束を整理していた。
それは、今まで自分たちが関わってきた二十五件の事件記録。
表紙には、それぞれの事件名が手書きで記されている。
「……こうして並べると、ずいぶんやってきたんだな」
「うん。どれも一筋縄じゃいかない事件ばっかりだったよね」
隣でファイルをめくるミナトが、穏やかに笑う。
しかしその笑みは、どこか寂しげでもあった。
ユウマは一枚の紙に目を止めた。
ナンバーが記されていない。
代わりに、黒く塗りつぶされたタイトル欄と、日付のない記録。
「……ミナト、これ、知ってるか?」
「ん? なにそれ」
ユウマはその紙を差し出す。
そこには、淡いインクでかすれた文字が一行だけ残っていた。
“第0事件 被害者:ユウマ・カザミ”
ミナトの手が止まる。
部屋の時計が、カチ、カチ、と音を刻んだ。
その音がやけに耳に響いた。
「……悪い冗談だな。俺が、被害者……?」
「でも、記録は本物だよ。学園の公式アーカイブに入ってる形式だ」
ユウマは唇を噛みしめた。
ありえない。自分はここにいる。
なのに、“被害者”と記されている。
「日付が……ない。発生場所も記録されていない」
「情報が意図的に消されてるみたいだね。……でも、削除の痕跡がない」
ミナトが眉をひそめる。
まるで、最初から“存在しなかった事件”のように。
窓の外、グラウンドに沈む太陽。
オレンジの光がゆっくりと途切れ、教室の隅に影が伸びる。
その瞬間、
——ジジジ、とノイズ音が響いた。
壁際のモニターが勝手に点滅し、画面に文字が浮かぶ。
《アクセス:アーカイブ・ノード》
《未承認ユーザー・カザミユウマ》
ユウマの名が、そこに表示されていた。
「……誰がこんな――」
「違う、ユウマ。これ、君の指紋認証で動いてる」
ミナトが青ざめた顔で画面を指す。
まるで、彼らが触れる前から装置が“待っていた”かのようだった。
映し出されたのは、古い映像データ。
暗い部屋の中に、机と記録装置、そして白衣を着た人物が座っている。
顔は影になって見えない。
だが、その声は――。
『……ユウマ・カザミ、観測実験、開始。』
自分の名前。
そして、自分の声。
ユウマは息を呑んだ。
確かに、これは自分の声だ。
だが記憶にない。
「……なあ、ミナト。これ、なんだ?」
「分からない。でも、どうやら“君自身の記録”みたいだ」
ノイズが走り、画面の中の人物が顔を上げた。
光の中から現れたのは、ユウマと瓜二つの少年。
『——もし、これを見ているのが“俺”なら。』
『記録は、もう一度、壊されるだろう。』
映像が途切れる。
沈黙が、部屋を満たした。
ユウマは小さく息を吐き、机に手をついた。
掌が震えていた。
「俺は……一体、なんなんだ?」
「落ち着いて。これ、きっと何かの実験データだよ。ほら、科学部がやってた観測記録とか……」
ミナトの声も震えている。
だが、目の奥に浮かぶのは“探偵”としての光だった。
「ユウマ。この“第0事件”……調べよう。全部、確かめよう」
「……ああ。そうしないと、終われない気がする」
夕焼けが完全に沈み、部屋が闇に沈む。
モニターの微光だけが、彼らの顔を照らした。
その光の中で、ユウマは確かに感じていた。
——何かが、この世界の根幹からずれている。
まるで、**自分自身が“観測されている側”**であるかのように。
そしてその夜、学園の中で“時間が一瞬止まる”異常が発生した。
時計の針は、午後五時を指したまま動かない。
“記録”が、再び再生を始めた。




