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灰色探偵ユウマの放課後事件録  作者: たくわん。
第25事件「カバンの中の偽装スイッチ」

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第2話「沈黙するカバン」



 教室の空気が、一気に張り詰めた。

 目の前に立つ日向葵ひなた・あおいは、冬の夕陽を背に受け、影のように見えた。

 その声には、震えがなかった。


「……“起動”って、どういう意味だ?」


 僕――篠原一真しのはら・かずまがそう問うと、葵は一歩、机のそばまで歩み寄った。

 カバンの上には、まだあの銀色の装置――“偽装スイッチ”が取り付けられたままだ。


「その装置は、私が作ったの。爆弾なんかじゃない。……でも、“起動”すれば、誰かの秘密を暴く」


「秘密?」


 彼女はゆっくりと頷いた。


「写真部の活動でね……学校の屋上から撮った夜景の中に、奇妙な光が写ってたの。教室の中で、赤く点滅する光。まるで、SOSのように――。」


 彼女の声は、どこか遠くを思い出しているようだった。


「調べていくうちに気づいたの。放課後のこの教室には、“誰か”が残している信号があるって。だから、私は仕掛けたの。スイッチを押せば、記録が再生されるように。」


「つまり……このスイッチは、“誰かの記録”を呼び起こすトリガーってことか?」


「ええ。でも――それを押したら、同時に“封じられた記憶”も解放される。誰かがそれを恐れて、私を……」


 葵は言葉を切り、唇を噛んだ。

 そのとき、窓の外でカラスが鳴いた。黒い影がガラスに映り込み、薄暗い教室に揺らめく。

 まるで、沈黙そのものが生きているような気配だった。


「葵、君はこのスイッチの仕組みを完全に知ってるのか?」


「……半分だけ。設計は私がしたけど、プログラムは別の人が組んだの。――“天城涼あまぎ・りょう”。」


「天城……って、あの理科準備室で実験してた天才くん?」


「そう。彼が消えた日、私はこの装置を託された。“真実が止まる前に、起動してくれ”って。」


 その名を聞いた瞬間、僕の背筋に冷たいものが走った。

 天城涼――物理学部所属、学内でも異常な観察力を持つ少年。だが、一年前、彼は突然姿を消した。

 その日を境に、「理科準備室の亡霊」なんて呼ばれる噂が流れ始めたのだ。


「じゃあ……このスイッチの“起動”って、まさか――」


「そう。“彼”の記録が、動き出すってこと。」


 葵の言葉を遮るように――突然、教室のスピーカーがジジッと鳴った。

 誰も触っていないはずなのに、古い放送設備から音声が流れ始める。


『――記録、開始。日付、去年の十二月十七日。』


 それは、天城の声だった。


「なっ……!」


 僕も葵も息を呑む。

 スピーカーの奥で、微かにキーボードを叩く音がした。


『対象:日向葵。観測時間、午後五時二十分。放課後の教室に、何かを仕掛けている様子。……“スイッチ”を使う気か? これは――危険だ。』


「やめて……もうやめてよ!」


 葵が叫んだ。だが、放送は止まらない。


『記録は継続中。彼女は何かを隠している。“赤い光”の発信源は、彼女の――』


 プツン、と音が切れた。

 放送設備の電源が落ちたようだ。

 教室に、静寂が戻る。


「葵……今の、何?」


「わからない……こんなの、私、知らない。彼の記録に、私が写ってるなんて……!」


 彼女の手が震えている。

 僕は息を整えながら、机の上のスイッチを見た。

 赤いランプが、まだ――点滅していた。


「まだ終わってない。これ……“沈黙するカバン”ってやつか。」


「沈黙する、カバン……?」


「そう。外見はただのバッグ。でも、中に仕掛けられているのは、誰かの記憶を再生する装置。おそらく、音声と写真の両方を連動させる記録型の罠だ。」


 僕が推理を口にしたとき、葵はゆっくりと顔を上げた。

 その瞳の奥に、ひとつの決意が宿っている。


「――篠原くん。私、知ってるの。

 “赤い光”の夜、天城くんが消えた理由。」


「え?」


「でも、その真実を口にした瞬間、この装置は壊れる。彼がそう言ってたの。だから、私はずっと“沈黙”を守ってた。」


 沈黙。

 それは、ただの無言ではない。

 真実を守るための“沈黙”。偽りの中に隠された記憶。


 外では雪が降り始めていた。

 窓ガラスを叩く音が、まるで過去のノイズのように響く。


「……ねぇ篠原くん。この装置、壊したらどうなると思う?」


「多分、もう一度――“あの日”が再生される。」


「そう。つまり、彼が消えた“理由”も。」


 葵は微笑んだ。

 それは寂しげで、けれどどこか安堵の色を含んでいた。


「だったら、もう一度、見に行こう。

 あの夜の教室へ。天城涼が、最後に残した“光”を。」


 その瞬間、机の上の赤いランプが――ふっと消えた。


 静寂の中、葵の声が響く。


「“沈黙するカバン”の中にあるのは、記録でも爆弾でもない。――“告白”よ。

 彼が、誰にも言えなかった最後の言葉。」


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