第1話「仕掛けられた放課後」
放課後の教室には、静寂が落ちていた。
冬の陽が傾き、窓際の机の上を朱色に染めている。黒板のチョーク跡だけが、今日という一日の名残を告げていた。
「なあ、これ……誰のカバンだ?」
後ろの席で、男子が一人、奇妙な表情をしていた。
机の上に置かれた黒いスクールバッグ。その表面には、何やら銀色の金属装置のようなものが貼りついている。
「……スイッチ?」
思わず口に出した。
僕――篠原一真は、クラス委員をしている。放課後の見回りを兼ねて教室に残っていたが、そんなものが机の上にあるとは思いもしなかった。
銀色の装置は、どう見ても普通の鍵ではなかった。
中央に赤いボタンのようなものがあり、横には「ON/OFF」の刻印。まるで、映画で見る爆弾の起動スイッチのように見える。
「やばくね、これ……? 冗談にしては悪質すぎるだろ」
「誰のカバンなんだ?」
そう言いながら、僕はカバンの持ち主を確かめようとタグを覗き込む。そこには――
「日向 葵」
と、きれいな字で名前が書かれていた。
「……ヒナの?」
日向葵。隣のクラスの女子で、写真部の部長。明るくて、誰にでも笑顔を向けるタイプだ。けれど、数日前から学校に姿を見せていない。
――まさか。
「おい、篠原、押すなよ? 本当に危ねぇかもしれねぇぞ」
「押すわけないだろ。けど……これは、ただの“偽装”かも」
「偽装?」
「そう。おそらく、外見だけ爆弾っぽく作ってる“ダミー”だ。だけど――なぜこんなものを、葵が?」
手を伸ばすのをためらいながらも、僕は慎重にバッグを持ち上げた。
その瞬間――カチリ、と音がした。
「……え?」
教室の空気が、凍りついた。
「今、鳴ったよな!? おい、マジで爆発とか――」
「待て!」
僕は机の下にバッグを置き、呼吸を整える。音は、わずかな“クリック音”だけ。何も起きない。
ただ、その一瞬の静寂が、異様に長く感じられた。
「……爆発しない。多分、音だけのトリックだ」
そう呟いて、僕は意を決してバッグの中を開いた。
そこには、教科書とノート、ペンケース。そして――
一枚の写真。
雪の中で笑う少女。赤いマフラーを巻いて、こちらに手を振っている。
背景には、見覚えのある古い踏切が写っていた。
「これ……“赤いマフラーの少女”の写真じゃないか?」
クラスメイトの一人が震える声で言った。
その名は、この町で昔から語られる“都市伝説”だ。
――雪の降る夜、踏切に現れる少女。通りかかった列車が止まり、翌朝には誰もいなくなる。
数年前、実際に踏切で事故が起き、ひとりの女子生徒が命を落とした。以来、彼女の姿を見たという噂が絶えない。
「……まさか、日向葵がその“少女”に関係してる?」
僕の心に、不吉な予感が走る。
だが、それよりも奇妙だったのは――バッグの内側、ポケットの裏地に貼りついたメモだった。
そこには、こう書かれていた。
> “スイッチを押すな。真実が止まる。”
「真実が、止まる……?」
意味が分からない。だが、その文には、何か意図的なメッセージを感じた。
まるで、僕たちに“何かを仕掛けた”かのように。
と、そのとき。
廊下の向こうから、足音が近づいてきた。
コツ、コツ、と硬い靴音。放課後の静まり返った校舎に、異様に響く。
「誰か、来る……!」
慌ててバッグを閉じたその瞬間、教室の扉が――ギィ、と軋んだ音を立てて開く。
「……見つけた。」
立っていたのは、日向葵だった。
制服のまま、髪は乱れ、頬は少し青ざめている。
彼女の視線は、まっすぐ僕の持つバッグに向けられていた。
「そのカバン……触ったの、篠原くん?」
「え、あ、ああ……」
彼女は静かに頷き、そして小さく息を吐く。
「それ、“起動”しちゃったかもしれない。」
「起動って――何を!?」
葵の瞳が、どこか遠くを見ていた。
その目の奥に宿るのは、恐怖でも後悔でもない。まるで――“覚悟”のような光。
「……放課後の仕掛けが、動き出したの。」




