第2話 雪の向こうの視線
雪が降りしきる放課後。
ユウマとミナトは、写真に写っていた坂道――校舎裏の旧通学路へと向かっていた。
街灯が等間隔に並び、白い雪を淡く照らす。
「ここが、あの写真の場所だな」
ユウマがそう呟くと、ミナトはマフラーを首に巻き直しながら頷いた。
「三年前の事故、確かこの辺りで起きたんだ。坂の上から自転車で下ってきた子が、ブレーキが利かなくなって……」
「そして、雪の街灯にぶつかって倒れた。即死だったと聞いた」
その事故で亡くなった少女――椎名アオイ。
ユウマはポケットから例の写真を取り出し、雪の景色と照らし合わせる。
「なるほどな。写真の構図は一致している。ただ……」
ユウマの視線が一点に止まる。
街灯の根元に、誰かが置いたらしい小さな花束があった。
雪に半ば埋もれていたが、そこに赤いリボンが結ばれている。
「これ、まだ新しい。誰かが最近、ここに来ているな」
「まさか、アオイの家族か?」
「もしかすると……“彼女を撮った人物”かもしれない」
ミナトは息を呑む。
「でもユウマ、あの写真、オレが撮ったんだぞ? 俺以外に誰が……」
「そう思い込ませるのがトリックだ」
ユウマは写真を裏返す。そこには、誰かが鉛筆で書いたような小さな文字があった。
「1/7・15:03」
「撮影した日付……じゃないのか?」
「お前が撮ったのは14:30だ。つまり、これはお前の文字じゃない」
「じゃあ……誰が?」
そのとき、風が吹き、雪の向こうに古びた校舎の影が見えた。
廃部となった音楽室の窓が、かすかに光を反射している。
「見たか? あそこだ。彼女が写真の中で見つめていた方向」
ユウマの声に、ミナトは思わず息をのんだ。
写真の少女――赤いマフラーのアオイは、まさにその窓を見ていたのだ。
二人は雪を踏みしめ、静まり返った廊下を進む。
古い木の床が軋むたび、どこか遠くで風の音が笛のように鳴った。
「……ここが音楽室」
ミナトが扉を押し開けると、冷たい空気とともに、懐かしいピアノの匂いが漂った。
部屋の奥には、カバーのかかったグランドピアノ。
そして、その隣に――写真と同じ赤いマフラーが置かれていた。
「……!」
ミナトの手が震える。
「これ……本物じゃないよな? 誰が置いたんだ?」
ユウマは静かにピアノの上を見た。そこには埃をかぶった古いカメラが置かれ、レンズがわずかにこちらを向いている。
「もう一台のカメラ、か」
「どういうこと?」
「お前が撮った位置よりも高い場所から、同じ構図で“撮られていた”可能性がある」
「つまり……オレたちが見た“少女”は、そのカメラの記録?」
「いや――おそらく“二重露光”だ」
ユウマはピアノの上のカメラを手に取り、慎重に背面を開いた。
そこには古びたフィルムがまだ入っていた。
「同じ場所、同じ時間帯……偶然、別のカメラで重なった二枚の光景が一枚に焼きついたんだ」
「じゃあ、この“赤いマフラーの少女”は本当にいたってこと?」
「そうだ。三年前――この音楽室の窓から外を見ていた“生きていた頃の彼女”が」
ミナトは言葉を失う。
雪の静けさが、まるで時間を止めたようだった。
ユウマは写真を見つめながら、低く呟いた。
「……彼女は、坂の上で倒れた瞬間まで、誰かを待っていたんだ。
そしてその視線は、いまもこの窓の向こうに――」
その時、古いピアノの鍵盤が、ひとりでに鳴った。
“ポン”という澄んだ音。
それは、まるでアオイが「まだ終わってないよ」と告げるようだった。
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