第1話「静止したホーム」
夜更けの霧が、線路を包み込んでいた。
街の喧騒から遠く離れた山間の廃駅――風ノ原駅。
十年前に廃止されたまま、誰も使わないはずのその駅で、奇妙な出来事が起きた。
「……この音、聴こえるか?」
ミナトが耳を澄ます。
確かに――微かに列車のブレーキ音のような、金属が擦れる響きが夜気を裂いていた。
「列車なんて、もう来ないはずなのに」
「いや、来てるんだよ。止まったまま、ここに」
灰色探偵ユウマは、ホームの端に足を踏み入れた。
そこには――存在しないはずの列車の影があった。
誰も乗っていない。けれど、窓にはかすかに灯りが揺れている。
「……なぁ、ユウマ。あれ、どう見ても……」
「うん、“本物じゃない”な」
ホームの時刻表は、最後の列車が止まった午後11時42分で止まっている。
その時刻を境に、時計も、電灯も、すべてが止まったままだった。
――まるで、「時間そのものが封印された」かのように。
ミナトがポケットからスマホを取り出す。
「電波、入らないな……。なんか、圏外っていうより“過去の空気”って感じ」
「面白い表現だな。――けど、正しいよ」
ユウマはホームの線路際に膝をつくと、枕木に指を滑らせた。
そこに刻まれていたのは、古いチョークの線と数字。
『11:42 待ってる ——E』
「これ……人の書いたもの?」
「そう。そして、最後の駅員“江田”のイニシャルだ」
ミナトはごくりと息を飲む。
「江田……って、十年前に失踪した……?」
「そう。彼が消えた夜――この列車が、最後に止まった時刻だ」
夜風が吹く。
止まった時計の針が、一瞬だけ震えた。
「……なぁユウマ」
「ん?」
「本当に、列車は止まってるのかな」
「いや――まだ走ってるさ。時間の中で」
霧の中、微かに汽笛が響いた。
それは、遠い過去から届いた“声”のようでもあった。




