第3話「雪の真実、そして記憶」
——白の静寂が、音をも呑み込んでいた。
美術館のホールには、雪の結晶のように細やかな光が揺れている。
壁には“欠けた風景画”が掛けられ、その前に三人が立っていた。
「……やっと、見つけたね」
綾乃がつぶやく。その声は、どこか震えていた。
「これが——本当の絵、なんだ」
響也がゆっくりと、額縁の裏に隠されたもう一枚のキャンバスを引き出した。
そこに描かれていたのは、同じ風景だった。
けれども違う。
――中央に、誰かがいる。
雪の中で振り返る少女の姿。
「この絵を描いたのは、館長の娘・瑠璃だった」
玲人が低く告げた。
「5年前、この美術館で起きた“火災”で彼女は亡くなった……そう記録されている。でも、本当は——」
綾乃が息を呑む。
「……彼女は、生きていた?」
「生きていた。そして、記憶を失って“別の名前”で絵を描き続けていたんだ」
玲人は視線を、館内に展示されている“白い風景画”に向けた。
——それらのすべてのサインには、“R.R.”とだけ記されている。
「“R.R.”……瑠璃・リヴァース」
綾乃の目に涙が滲む。
「彼女は、自分の記憶を“雪”のように覆い隠して……でも、心はちゃんと覚えていたんだ」
静寂の中、音がした。
天窓から一片の雪が舞い落ち、額縁の上に落ちる。
玲人はゆっくりと口を開いた。
「この事件のトリックは、“記憶と絵の入れ替え”だ。
火災の日、瑠璃は自分が描いた“未完成の絵”を守るため、もう一枚の模写を残した。
本物は裏に隠され、贋作が展示された。
その後、記憶を失った彼女自身が、再びこの美術館に“自分の絵”を飾っていたんだ」
——雪のように白い、そして儚い記憶の罠。
綾乃はその絵に手を伸ばし、そっと触れた。
「瑠璃さん……あなたの“本当の色”は、ちゃんとここにある」
静かに照明が落ち、窓の外では雪が降り続けていた。
誰もいない展示室に、たった一枚の絵だけが残される。
そこにはもう、曇りのない冬空が描かれていた——。
―――
《トリック要素まとめ》
•核心トリック:絵画の“表と裏”を入れ替えた展示。
→ 火災後に贋作が表に、オリジナルが額の裏に隠されていた。
•心理的トリック:記憶喪失の画家=亡くなったはずの瑠璃。
→ 「別名の新鋭画家R.R.」が、実は彼女自身だった。
•伏線:
•額縁の裏の異常な重さ
•“雪”をテーマにした絵ばかり展示されている理由
•サイン「R.R.」の意味
――雪に覆われた記憶の中で、真実だけが静かに色を取り戻した。




