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灰色探偵ユウマの放課後事件録  作者: たくわん。
第20事件「雪の美術館と記憶の絵画」
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第2話「氷の中の色彩」


 翌朝。

 美術館の前には、雪の白に包まれた静寂があった。

 夜の騒ぎが嘘のように、館は閉ざされたままだ。


 ユウマとミナトは、椿雪絵の呼び出しで再び現場へ足を運んでいた。

 入口の前に立つと、椿が小さく頭を下げる。


「昨夜はありがとうございました。……でも、まだ信じられないんです。あの絵が、本当に“消えていく”なんて」


 彼女の声は震えていた。

 展示室に入ると、そこには――白一面のキャンバス。

 かつて雪原の中を歩いていた女性の姿は、まるで最初から存在しなかったかのように消え去っていた。


「完全に白くなってる……まるで“上塗りされた”みたいだな」

 ミナトがつぶやく。

「けど、絵の具の盛り上がりも筆跡も消えてる。塗り直しじゃない」

 ユウマは指先で表面をなぞる。

 触れた瞬間、冷たい感触が走った。


「……まだ、凍ってる」


「凍ってる? 室内だぞ?」


 ユウマは黙って視線を巡らせた。

 壁際の温度計は、外気よりも低い“−1℃”を示していた。

 展示室の空調は、美術品保護のため常に一定の温度に保たれているはず。

 だが――。


「空調を誰かが細工してるな」


 椿が驚いたように顔を上げる。

「そんなこと……できるのは、職員か技術員だけです」


「じゃあ、内部犯だ」

 ミナトが言いかけた瞬間、ユウマは首を横に振った。


「まだ断定はできない。

 だが“白くなる”現象の正体は、もう見えてきた」


 彼はポケットから小型ライトを取り出し、絵の表面を照らした。

 光を受けたキャンバスには、肉眼では見えなかった“微細な粒子”が反射していた。


「これは……塩の結晶?」

「似てるけど違う。正確には“氷結結晶”。つまり――水分を含んだ絵の具が、急速冷却で結晶化したんだ」


 ミナトがぽかんとする。

「急速冷却? でもそんなことしたら、絵の具が割れるんじゃ……?」

「普通ならな。けど、絵の具に“保水性ポリマー”が混ぜてあれば、割れずに白濁化する」

「白濁化……つまり“色が消えたように見える”だけか!」


 ユウマは頷いた。

「絵の具は生きている。温度や湿度によって、光の反射が変化する。

 つまり――この絵は“消された”んじゃなく、“眠らされた”んだ」


 ミナトが息をのむ。

「じゃあ、何のために? こんな手の込んだこと……」


 ユウマは展示室の隅に目をやった。

 そこには、古びたキャンバスが裏返しに立てかけられていた。

 端に書かれた文字――「第0号:雪の記憶(初稿)」。


 椿が小さく呟く。

「それは……館長が隠していたんです。

 この“初稿”は、亡くなった画家の奥様が描いたものなんです。

 けれど、館長はそれを“本物”として公開しなかった……」


「なるほど」ユウマは頷く。

「つまり“展示されていた絵”は、夫による“再現画”だった。

 本物の『雪の記憶』は、ずっと隠されていたんだ」


 ミナトが息をのむ。

「じゃあ――“絵を白くした”のは、そのことを世に知らせるため……?」


 その瞬間、展示室の奥から低い音が鳴った。

 空調のダクトの奥で、何かが動いている。

 ユウマがライトを照らすと、そこには――冷却剤のボンベが接続されていた。


「やはり、細工されてたか」

「誰が……こんなことを?」椿の声が震える。


 ユウマは静かに答えた。

「まだ決めつけはしない。

 ただ――これは“盗み”じゃない。“記憶の保存”だ」


 ミナトが首をかしげる。

「記憶の……保存?」

「そう。誰かが“絵を守るために凍らせた”。

 理由は、もう一つの“雪の記憶”を知る者に聞くしかない」


 ユウマの視線は、館長室の方へ向けられていた。


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