第19事件「星影のプラネタリウム」 第1話「消えた星座」
夜の風は、少しだけ冬の匂いを含んでいた。
駅から続く坂道を登ると、丘の上に半球の建物が浮かび上がる。
――市立プラネタリウム。
文化祭の打ち上げのあと、僕とユウマは、招待券を手にそのドームへ向かっていた。
「……なんか、デートっぽいな」
からかうように言うと、隣を歩くユウマは無表情で答えた。
「そう見えるなら、推理する目が曇ってるな。星を見る会だよ、ミナト」
「はいはい。灰色探偵様はロマンより観察眼ってわけね」
軽口を交わしながら、僕たちはガラスの扉をくぐった。
中は、思ったよりも人が多い。夜間公開とあって、静かな賑わいが漂っている。
受付で案内してくれたのは、長い髪をまとめた女性――解説員の白鳥カレンだった。
「ようこそ、星の劇場へ。……今日は特別プログラムなんです。“オリオンの約束”と題して、冬の星空を再現します」
柔らかな声に、どこか寂しげな響きがあった。
その一瞬の違和感を、ユウマは逃さなかったのか、じっと彼女の名札を見つめる。
「白鳥……カレンさん、でしたね。音響もご担当とか」
「ええ。父がこの施設の創設者で、星の演出だけは譲れなくて」
そう言って、カレンは小さく笑った。
⸻
上映が始まったのは午後七時。
ドームの天井がゆっくりと暗くなり、無数の星が浮かび上がる。
まるで夜空の中に放り込まれたような感覚。
解説の声とともに、光の星々が線を結び、次々に星座を描いていく。
「……オリオン座です」
その瞬間、観客の誰もが息をのんだ。
弓を構える狩人の姿が天井に浮かび――
――だが、次の瞬間、星々の光がわずかに乱れた。
ピチ、という電子音。
ほんの一秒。オリオンの肩の星“ベテルギウス”が、一瞬だけ消えたのだ。
「お、おい……今、星が……?」
「え? 見間違いじゃ……」
観客のざわめき。
だが照明が戻ると、星は再び輝いていた。まるで、最初から何もなかったように。
ユウマは腕を組んだまま、小さく呟く。
「……今のは、“星が消えた”んじゃない。光が遮られたんだ」
「遮られた? 誰かが投影機の前を横切ったとか?」
「いや、この距離と天井の高さでは不可能だ。あの瞬間、ドーム全体が“わずかに揺れた”。」
「揺れたって……そんなの、感じなかったぞ」
ユウマは黙って空を見上げた。
その表情は、まるで何かの“影”を見ているようだった。
⸻
ショーが終わると、観客は出口へ向かう。
僕たちもロビーに出たが、そこには異様な気配が漂っていた。
館長の高城とスタッフが、展示室の前で集まっている。
「おかしい……! 隕石のレプリカが消えているんだ!」
「えっ、盗まれた!?」
観客の一人が叫ぶ。職員が慌てて扉を閉めるが、館内に緊張が走った。
監視カメラを確認しても、誰も展示室に入っていない。
鍵は館長が持っており、上映中はずっとポケットにあったという。
「密室、か……」
ユウマが呟く。
僕は思わず笑ってしまった。「出た、灰色探偵の口癖」
「笑ってる場合か。――あの星が消えた瞬間と、展示の消失。関係がないと思うか?」
「まさか……投影の異常が、盗難の合図だったってこと?」
「それも一理ある。だが、僕が気になっているのは――」
ユウマは、天井の中央にある巨大な投影機を見上げた。
無数のレンズがこちらを向き、まるで星の目が見返しているようだ。
「“星が消える仕組み”を作れたのは、この部屋の構造を知る者だけだ。
そして、その構造を知るのは……照明か、音響の担当者だろうな」
その瞬間、遠くで雨の音がした。
ガラス越しに見る夜空は、曇りで星ひとつ見えない。
けれど――天井の“星の目”だけは、静かに光を放ち続けていた。




