第3話「ロッカーの中の旋律」
翌日――。
雨は止んでいたが、街にはまだ湿った匂いが残っていた。
アオイとミナトは、駅前のロッカーの前に立っていた。
「……ここだね。“駅前のロッカー”って、あのメッセージにあった場所」
アオイの手が小刻みに震える。
ギターのピックガードに刻まれた文字――それは、確かにナギサの筆跡だった。
「番号、E-13……」
ミナトが呟き、鍵を差し込む。
金属の軋む音とともに、ロッカーがゆっくりと開いた。
中には、一枚のCDと、少し湿った封筒。
その封筒には、こう書かれていた。
――『僕の“音”が誰かを傷つける前に、止めたかった』
アオイは唇を噛みしめる。
封筒の中には、文化祭で使うはずだったナギサの曲「亡失メロディ」の完全譜面が入っていた。
だが、その譜面は奇妙だった。
音符の一部が逆向きに書かれ、拍子記号は不自然に途切れている。
まるで「曲が後ろに戻っていく」ような構成だった。
「……逆再生の譜面?」
「うん。ナギサは“音を戻す”仕掛けを作ってたんだ」
ミナトは譜面を指で追いながら言う。
「これ、単なる曲じゃない。ある“時間”を示してる」
「時間?」
「そう。譜面のリズムと休符の位置が“電車の時刻表”と一致してる。
つまり、この曲は――ロッカーを開ける“タイミング”を暗号化してたんだ」
ミナトは時計を見た。
譜面通りに数分前後を調整して開けたことが、結果的に“正解の瞬間”だった。
「ナギサはきっと、時間に合わせて“音”を残したんだ」
「……自分がいなくても、届くように」
アオイは涙を拭い、CDを再生する。
スピーカーから流れる旋律は、確かに逆再生されていたが――
それをもう一度“正方向”に戻すと、穏やかで優しいメロディに変わった。
そして、最後の一音に重なるように、彼の声が入っていた。
『――アオイ、ありがとう。君に聴いてほしかった』
アオイは静かにギターを手に取り、同じ旋律を弾いた。
もう歪んではいない。
音はまっすぐに、駅のホームに響き渡った。
列車のベルが鳴る。
その音が、まるで“終章”を告げるように響いた。
⸻
■この事件のトリック要素
•時間暗号化された楽譜トリック
譜面の拍子・休符・逆再生記号が、「ロッカーを開ける正確な時間」を示す暗号になっていた。
•“逆再生”という心理的トリック
ナギサは「音を戻す=過去を取り戻す」ことを象徴的に使い、
罪悪感と後悔を“旋律そのもの”に込めていた。
•「物理的トリック」と「感情のトリック」の融合
ロッカーという現実の仕掛けと、“曲を通じた告白”という心情の謎が重なる構成。
物語終盤で“音が正方向に戻る”ことで、真実と救いが同時に明かされる。




