表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/66

第18事件 第1話『駅前の亡失メロディ』


 文化祭の翌日。

 午後の雨が、静かに駅前のアスファルトを叩いていた。


 天城ユウマは、傘を片手に立ち止まる。

 人の群れが行き交う中、どこかから小さな“旋律”が聞こえた気がしたのだ。

 低く、掠れたような音。――まるで、誰かがポケットの中で古い音楽を再生しているかのような。


「なあユウマ、今の……聞こえたか?」

 隣で早瀬ミナトが首をかしげる。

「うん。けど……どこからだ?」


 二人の視線の先、駅前の自販機の下で、

 小さな財布が雨に濡れて転がっていた。


 ミナトが拾い上げると――その瞬間、財布の中からかすかなメロディが流れ出す。

 電子音とも、風鈴の音ともつかない、不思議な響き。


「……なんだこれ、音が鳴ってる?」

「音楽機能つき財布なんて聞いたことないな」

 ユウマは眉をひそめ、耳を近づけた。


 メロディは、駅の構内放送と同じキーで鳴っていた。

 しかも、一定の間隔で音が消え、再び始まる。まるで“時刻”を刻むように。


 そのとき、背後から少女の声がした。

「――それ、私のです!」


 振り返ると、傘もささずに走ってきた女子高生がいた。

 肩までの髪が濡れ、白いマフラーが雨に貼りついている。


「ごめんなさい……落としちゃって……。それ、音が鳴るんです」

「知ってる。さっきから聞こえてた」ミナトが言う。

「でも、なんで財布から音が?」


 少女は静かに息を整え、

 小さく微笑んだ。けれど、その笑顔にはかすかな震えがあった。


「――その音は、“彼がいなくなった日”のメロディなんです」


 雨音が強くなり、駅前の空気が少し冷たくなる。

 ユウマは傘をわずかに傾け、少女を見つめた。


「……“彼”って、誰のこと?」


 少女は視線を落とし、

 財布の中に入った小さな紙切れを取り出す。そこには五線譜の一部――

 “B♭、G、E、A”の文字。


「黒川トオル。彼は……もう、ここにはいないんです」


 その言葉と同時に、駅構内の電光掲示板が一瞬だけ点滅した。

 表示された時刻――『17:42』。

 それは、三日前に黒川トオルが姿を消した、最後に目撃された時刻だった。


 雨に溶ける旋律が、どこかで静かに続いている。

 まるで、灰色の街に残された“未完の音楽”のように。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ