第1話「止まった時計と鳴る音」
夜の校舎というのは、どうしてあんなに音が際立つのだろう。
「……カチ、カチ、カチ」
静まり返った廊下の奥から、規則正しい音が響いていた。
時計の秒針のようでありながら、どこか不気味に響く。
「ユウマ、聞こえる? これ、時計の音だよね?」
ミナトが声をひそめる。
「音の方向は……理科準備室の方だな」
灰色探偵――ユウマは懐中電灯を手に、旧校舎の奥へ進んだ。
理科準備室は何年も前に閉鎖されたままだ。
埃をかぶったドアを開けると、微かな油と薬品のにおいが漂った。
机や棚には古い実験器具が散乱している。
その中央に――壁掛け時計がひとつ。
「……でも、おかしいよ」
ミナトが眉をひそめる。
時計の針は、23時47分で止まっていた。
けれども、「カチ、カチ、カチ」という音は今も続いている。
「止まってるのに、動いてる音……? 幽霊時計とか?」
「幽霊より、壊れた機械の方が現実的だ」
ユウマは淡々と答え、壁の時計に耳を近づけた。
音は、確かに部屋の中に響いている。
だが――不思議なことに、その音は時計から“直接”聞こえるわけではなかった。
ほんの少し、空気を伝って反響しているような……まるで、スピーカー越しのように。
「なあ、ユウマ。音、こっちの棚からも聞こえない?」
ミナトが指差した先、薬品棚の裏。
そこには古びた黒い箱があった。
ユウマがほこりを払い、スイッチを確認する。
「……録音機だ。かなり古い型だが、まだ動いている」
再生ランプが点滅し、スピーカーから微かなノイズが流れた。
その中に――あの「カチ、カチ」という音。
「まさか……この音、録音だったの?」
「その可能性が高いな」
ユウマは録音機の裏を調べながら、淡々と続ける。
「針が止まったのは23時47分。
だが、この録音機は、その直前に“時計の音”を録って再生するように細工されていたんだろう」
ミナトはぽかんと口を開けた。
「つまり、誰かが“止まった時計が鳴っているように見せかけた”ってことか……」
「そう。止まった時間を――“生かして”見せるために、な」
ユウマは録音機の裏側に小さなネジ跡を見つけ、指先でなぞった。
そこには誰かが最近取り付けたような新しい工具痕があった。
⸻
外の風が、割れた窓ガラスを鳴らす。
まるで、止まった時間がまだ何かを訴えているように。
「時間は止まらない。
けれど、止まった“ふり”をすることはできる。」
ユウマの静かな声が、準備室の闇に溶けた。
そして――その夜、時計の下の床で、小さな銀色の部品が見つかる。
それは、録音機のネジと同じ規格のものだった。




