第17事件 理科室の止まった時計 第1話「止まった時計と鳴る音」
夜の校舎というのは、どうしてあんなに音が際立つのだろう。
「……カチ、カチ、カチ」
静まり返った廊下の奥から、規則正しい音が響いていた。
時計の秒針のようでありながら、どこか不気味に響く。
「ユウマ、聞こえる? これ、時計の音だよね?」
ミナトが声をひそめる。
「音の方向は……理科準備室の方だな」
灰色探偵――ユウマは懐中電灯を手に、旧校舎の奥へ進んだ。
理科準備室は何年も前に閉鎖されたままだ。
埃をかぶったドアを開けると、微かな油と薬品のにおいが漂った。
机や棚には古い実験器具が散乱している。
その中央に――壁掛け時計がひとつ。
「……でも、おかしいよ」
ミナトが眉をひそめる。
時計の針は、23時47分で止まっていた。
けれども、「カチ、カチ、カチ」という音は今も続いている。
「止まってるのに、動いてる音……? 幽霊時計とか?」
「幽霊より、壊れた機械の方が現実的だ」
ユウマは淡々と答え、壁の時計に耳を近づけた。
音は、確かに部屋の中に響いている。
だが――不思議なことに、その音は時計から“直接”聞こえるわけではなかった。
ほんの少し、空気を伝って反響しているような……まるで、スピーカー越しのように。
「なあ、ユウマ。音、こっちの棚からも聞こえない?」
ミナトが指差した先、薬品棚の裏。
そこには古びた黒い箱があった。
ユウマがほこりを払い、スイッチを確認する。
「……録音機だ。かなり古い型だが、まだ動いている」
再生ランプが点滅し、スピーカーから微かなノイズが流れた。
その中に――あの「カチ、カチ」という音。
「まさか……この音、録音だったの?」
「その可能性が高いな」
ユウマは録音機の裏を調べながら、淡々と続ける。
「針が止まったのは23時47分。
だが、この録音機は、その直前に“時計の音”を録って再生するように細工されていたんだろう」
ミナトはぽかんと口を開けた。
「つまり、誰かが“止まった時計が鳴っているように見せかけた”ってことか……」
「そう。止まった時間を――“生かして”見せるために、な」
ユウマは録音機の裏側に小さなネジ跡を見つけ、指先でなぞった。
そこには誰かが最近取り付けたような新しい工具痕があった。
⸻
外の風が、割れた窓ガラスを鳴らす。
まるで、止まった時間がまだ何かを訴えているように。
「時間は止まらない。
けれど、止まった“ふり”をすることはできる。」
ユウマの静かな声が、準備室の闇に溶けた。
そして――その夜、時計の下の床で、小さな銀色の部品が見つかる。
それは、録音機のネジと同じ規格のものだった。




