第2話 灰色のブラシ
美術室には、微かに絵具の匂いが漂っていた。
事件発生から間もなく、天城ユウマと早瀬ミナトは部室に足を踏み入れる。
「さて……床の跡と筆の位置、どちらが先か。」
ユウマは床に伸びる絵具の線を指で追いながら呟いた。
「誰かが筆を手に取ったのは確かだけど……でも、外から持ち出された形跡はない」
ミナトはキャビネットの鍵を見て頷く。「鍵はちゃんとかかってるし、窓も閉まってる。これは……密室?」
ユウマは目を細め、キャビネット内を注意深く観察する。
筆立てに入った絵筆のうち、一本だけ微妙に傾いている。先端には微かに乾ききっていない絵具が残っている。
「なるほど……この筆は最後に使った人物が、そのまま置いたわけではないな。」
ユウマは小さな手帳を取り出し、筆跡と絵具の色を記録する。
「誰かが意図的に動かした……それも、作品の途中で。つまり“盗む”より“隠す”行為かもしれない」
ミナトは眉を寄せる。「隠す? 誰がそんなことを?」
その時、部長の佐倉リナが戻ってきて、目を丸くした。
「皆、見つけてくれたの? この筆……重要な描写用だったのに……」
ユウマは静かに頷き、床の跡と筆の傾きを指さした。
「筆は外に出ていません。誰かが、作品の“途中”で一時的に別の場所に置いたようです。絵具の跡も、それを示しています」
ミナトは考え込む。
「でも、置いたのは誰……?」
ユウマは部員たちに目を向け、落ち着いた声で言った。
「心当たりのある人は、自分の中の不安や焦りで、筆を“安全な場所”に置いたのではないでしょうか。誰かを責める前に、行動の背景を理解することが先です」
部室に、静かな緊張と共に、事件解決の糸口が見え始めた――。




