第4話「記録室の亡霊」
夜の校舎は、昼間とは違う顔をしていた。
窓ガラスに映る自分の影が、まるで別人のように揺れる。
真奈と瑞樹は、そっと記録室の扉に手をかけた。
中からは、紙の匂いと古い機械の油の匂いが混ざった、重い空気が流れ出てきた。
「……ここ、本当に誰もいないの?」
真奈の声は小さく、耳に届くか届かないかだった。
しかし、机の上に散らばったファイルやフィルムは、まるで誰かが最近まで作業していたかのように並んでいた。
「この部屋、写真部の過去の記録が全部残ってる……」
瑞樹が言いながら、棚の奥の暗箱に手を伸ばす。
その瞬間、ガチャン、と金属音。扉の向こうから、微かな影が揺れた。
「誰か――」
しかし声を発する前に、影は消え、空気だけがざわめく。
真奈の心臓が跳ねる。
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机の上には、三年前の文化祭で使われたフィルムが一枚残っていた。
現像済みの写真を見ると、やはりそこには“もう一人”の影。
しかし、その影は微妙に歪んでいて、誰のものかは特定できない。
「でも……この影、私が撮ったはずの相手……じゃない?」
瑞樹は静かに観察していた。
「光の角度とシャッターのタイミングが不自然だ。誰かが意図的に、“残像”を作ったのかもしれない」
真奈はフィルムケースを手に取り、ふと床を見ると、割れたガラスの破片が一つだけ、扉の方を向いて散らばっていた。
「……導かれてる?」
そして突然、部屋の隅の旧型プロジェクターがカタカタと作動した。
スクリーンに映し出されたのは、三年前の写真部の部員たち。
しかし、真奈の位置には影だけが残っている。
「まるで……私が映らないみたい……」
瑞樹は一歩前に出る。
「ここは、過去の残像を再現する装置――いや、誰かが演出したんだ。意図的に」
真奈は息を整え、影に手を伸ばす。
その時、プロジェクターの映像が微かに揺れ、背後のファイル棚に一枚の新しい写真が滑り落ちた。
そこには――三年前の“消えた写真”の被写体と、真奈自身が同じフレームに収まっていた。
「……過去は、記録だけじゃなく、感情まで残していた」
瑞樹が呟く。
そして、二人の間に静かに、だが確かに――亡霊のような存在が漂った。
⸻。




