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灰色探偵ユウマの放課後事件録  作者: たくわん。
第2事件 消えた音楽室の旋律

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第1話 静寂の朝に



 春の風が、校舎の窓をかすめた。

 まだ七時前の早朝、昇降口に響くのは靴音と鳥の声だけ。

 ――そして、本来ならそこにもう一つ、“あの旋律”があるはずだった。


「……今日は、鳴らなかったんだ」


 呟いたのは、音楽部の部長・花咲リオ。

 彼女は、扉の外で立ち尽くしていた。

 毎朝七時ちょうどに流れる自動演奏ピアノの音が、

 今朝に限ってまったく聞こえなかったのだ。


 誰もいない音楽室。

 鍵はかかっており、窓も閉まっている。

 ピアノは静かに、沈黙を守っていた。


 まるで、永遠に息を止めたように。



「なあユウマ、音楽室のピアノが鳴らなかったって噂、聞いたか?」


 昼休み、屋上。

 購買パンをかじりながら話しかけてきたのは、いつもの相棒――早瀬ミナト。


「朝から“怪奇現象”だってさ。音楽部のやつら、幽霊がピアノを弾いてたんじゃなくて、

 今度は“幽霊が休んだ”って盛り上がってる」


 冗談交じりに笑うミナトに、ユウマは小さく首を傾げた。


「……幽霊が、休む?」


「そうそう。だって、毎朝欠かさず鳴ってたんだぞ? 電源もオート演奏も問題なし。

 でも今日は、沈黙。完全に無音だ」


 ミナトの声に、ユウマの目がわずかに細くなる。

 興味を持ったときの表情だ。


「壊れていないのに、音が消えた。

 ……それは、“鳴らなかった”んじゃなく、“鳴らせなかった”のかもな」


「は?」


「行こう。音楽室へ」


 パンを食べ終える前に立ち上がるユウマ。

 その背中に、ミナトは呆れながらもついていく。

 ――どうせまた、何か“気づいた”んだ。



 放課後。

 人気のなくなった校舎に、二人の足音だけが響く。


 音楽室の扉を開けると、

 そこには整然と並んだ椅子と、光を反射する黒いピアノが鎮座していた。


「なあユウマ、ピアノって普通、焦げるものなのか?」


「……焦げ?」


 ミナトが指差した先。

 ピアノの足元の床に、うっすらと黒い焦げ跡があった。


「雷でも落ちたのか?」


「二階の室内でそれはないな」

 ユウマはしゃがみ込み、焦げ跡を指先でなぞる。

 すぐに何かを感じ取ったように、立ち上がった。


「電気系統……もしくは熱源。

 何か“電子的な干渉”があったんだろう」


「おいおい、急に理系っぽい言い方するなよ」


 苦笑するミナトを無視して、ユウマはさらに窓際へ。

 窓ガラスはわずかに曇っている。

 しかも外気温は高く、結露するはずがない。


「曇り……焦げ……そして音が消えた」

 ユウマは小さく呟く。

 その表情には、もうすでに“仮説の影”が浮かんでいた。



 そこへ現れたのは、音楽部の部長・リオだった。

 彼女の顔は少し青ざめている。


「天城くん、ミナトくん……どうしてここに?」


「音を聞きたくてね」ユウマが答える。

「いや、正確には“聞こえなかった音”を」


 リオは俯いたまま、震える声で言った。

「……私、朝に確かめようと思って来たんです。

 でも、鍵が閉まっていて。

 先生が開けてくれた時には、もう……」


「音は、完全に消えていた?」


「はい。ピアノは動いていたのに。鍵盤が、沈んでいたのに……音だけが、出なかったんです」


 ミナトが目を丸くする。

「鍵盤が動いて、音が出ない? そんなこと、あるのか?」


 ユウマは少しだけ笑った。

「あるさ。“音を鳴らさない方法”はいくつもある。

 ――たとえば、誰かが“音を遮った”ならね」


 その言葉に、リオの肩が小さく震えた。

 彼女はそのまま、何も言わずに部室を出ていく。


「おいユウマ、なんかリオの様子、変じゃなかったか?」


「ああ」

 ユウマはピアノの上に視線を戻しながら言った。


「“罪悪感”を持つ人間の沈黙は、旋律より雄弁だからな」



 夕暮れ。

 窓の向こうに沈む陽の光が、ピアノの鍵盤を照らしていた。


 ユウマの指が、鍵盤の一つに触れる。

 ポン――と、低いドの音。

 その音だけが、部屋に響いた。


「……この音だけが、“生きている”。

 となると、他の音は――誰かに“殺された”んだ」


 彼の声は、夕闇に沈む校舎の中で、静かに消えていった。



つづく


次回 第2話「無音の朝」

――沈黙の裏で、誰が“音”を止めたのか。


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