第2話 灰色の推理
夕暮れの図書館前は、事件の話でもちきりだった。
燃えかけた本は、幸い表紙が少し焦げただけで済んだ。だが、ユウマの目はその“焦げ方”に一点の疑念を向けていた。
「ユウマ、さっきの“中から燃えた”って話、どういう意味なんだ?」
ミナトが自販機の缶コーヒーを渡しながら訊く。
「見ればわかるよ」
ユウマは焦げた本を開いた。ページの中心が丸く茶色く変色し、わずかに金属の粉のような跡が残っている。
「これ、ただの焦げ跡じゃない。……金属反応だね。多分、“発熱反応を起こす粉末”を仕込んである」
「発熱反応?」
「水に触れると発熱する化学物質。理科準備室とかでも扱うタイプのやつだよ」
「ってことは、誰かが本の中にその粉を仕込んで……?」
「そう。そして、ポストに入れた瞬間に“中の湿気”で反応した。密閉空間だから煙だけ出て、すぐに鎮火したんだ」
ミナトは目を丸くした。
「……でもなんでそんなこと? ただの嫌がらせ?」
ユウマは首を横に振る。
「いや、“返却ポストに仕掛けた”こと自体が目的だ。つまり――“特定の誰かが入れる本”を狙ってた」
「特定の……?」
「図書館には“返却期限表”がある。明日締め切りの本の中で、このタイトルを借りていた人を調べれば――」
そこまで言ったところで、司書の小田切さんが駆け寄ってきた。
「天城くん、調べてみたの。『錬金術と禁書の歴史』を借りてたのは――白石アヤさん。あなたたちのクラスメイトね」
ミナトが驚いたように声を上げる。
「アヤ? また関わってるのかよ、彼女……!」
ユウマは静かにうなずく。
「偶然とは思えない。前回の“部室封印事件”でも、彼女は“鍵”を握っていた。
……どうやら今回も、“言葉の鍵”を使ったようだね」
「言葉の鍵……?」
ユウマは掲示板の貼り紙を指さした。
そこには、展示のサブタイトルとしてこう書かれていた。
『燃える本 ― 嘘をつくページは灰となる』
「この言葉、誰が書いたか知ってる?」
「え? 司書さんじゃないの?」
「いや。白石アヤだ。展示文を担当したのは彼女。つまり――」
ユウマは焦げた本をそっと閉じ、言葉を落とす。
「“嘘をついた本”を燃やしたのさ。
……彼女が隠したい“真実”を、ページごと焼き尽くすために。」
ミナトが息を呑んだ。
「待って、それってつまり――この“燃えた本”には、彼女の秘密が書かれてたってことか!?」
ユウマは微かに笑った。
「さて、どうだろうね。
でも――もう一つ気になる点がある」
「まだあるのかよ……」
「返却ポストの中で“動いた影”。」
ユウマは鋭く言った。
「アヤが仕掛けたトリックは、“化学反応”だけじゃない。おそらく――“それを確実に起動させる”ための“仕掛け”がある。」
「仕掛け?」
「うん。返却ポストの中の底、布袋の裏側。
――明日の朝、それを確かめに行こう。犯人は“そこにいる”」
夕陽が完全に沈み、図書館前に夜が降りる。
静かな闇の中、返却ポストの投入口が、まるで口を開けて笑っているように見えた。




