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第2話 灰色の推理





 放課後の文芸部室。

 机の上には、紅茶とクッキーと、そして――沈黙だけがあった。


「結局、封筒はどこにもなかったってことか……」

 ミナトが肩を落とす。

 昼間の騒ぎのあと、職員室にも届け出たが、手紙は影も形もないままだ。


「鍵は壊されていない。窓も閉まってた」

 ユウマは、机の上の鍵穴を覗き込みながら呟いた。

「つまり、“密室から封筒だけが消えた”――そういうことだな」


「まるで怪談だな。幽霊でも出たんじゃないのか?」

 ミナトの軽口に、白石アヤが首を振る。

「そんなこと言わないでください……先生、すごく落ち込んでたんですよ」


 ユウマは何も言わず、部屋の奥のロッカーを開けた。

 中には部誌のバックナンバーが整然と並び、最下段に使い古された茶封筒が数枚ある。

 そのうちの一枚を取り出し、光にかざした。


「……やっぱり」


「なにが?」

 ミナトが覗き込むと、封筒の端が少しだけ“焦げたように黒ずんで”いる。


「アヤさん、部室で何か温かいものを飲みました?」

「え? あ、はい……お昼に、電気ポットで紅茶を」


 その言葉に、ユウマの瞳が細くなる。

「ポットは、いつもどこに置いてありますか?」


「窓際の机の上です。コードが短いので、そこしかコンセントが届かなくて……」


 ユウマは窓際へ向かい、机の上を指でなぞった。

 白い埃がうっすらと残っており、机の端――ちょうどカーテンの陰になる部分に、四角い“跡”がある。


「……やっぱり、ここに何か置いてあったな」


 ミナトが首を傾げる。

「それがどうしたんだ?」


「封筒が“勝手に外へ出た”理由だよ」


「はぁ?」


 ユウマはロッカーから封筒を取り出し、再び光にかざした。

「紙は熱を受けると、軽く反って上昇気流に乗る。

 ポットの蒸気が窓の隙間から外に抜けていく時、ちょうど机の端に封筒が立てかけられていたら……?」


「まさか!」

 ミナトが目を丸くする。

「封筒が風で、外に飛んでった……ってことか?」


「正確には、“吸い出された”んだ。

 カーテンが微妙に開いていて、風が流れた瞬間に、蒸気で軽くなった封筒が外に出た。

 落ちた場所は――多分、校庭のどこか」


 アヤが青ざめた顔で立ち上がる。

「でも、それじゃ偶然すぎませんか? まるで、わざと……」


「そう、“わざと”だ」

 ユウマの声が静かに響く。

「ポットを“わざと窓際に置いた”人がいる。

 いつもは部室の真ん中の机に置いているのに、今日だけ、窓際に動かしていた」


 ミナトが息をのむ。

「つまり、最初から封筒を飛ばすつもりで?」


「そう。

 だけど犯人は、盗むつもりじゃなかった。

 ――封筒の中身を、“誰にも見られたくなかった”だけだ」


 ユウマの視線が、そっとアヤへ向かう。

 アヤは唇を噛みしめ、しばらく俯いたままだった。


「……あの手紙、先生宛ての“推薦文”なんです」

「推薦文?」

「はい。私が先生に書いてもらうはずだったもの。

 でも、本当は――書いてほしくなかったんです。

 推薦されたら、私、転校しなきゃいけなくて……」


 ミナトが小さく息を呑んだ。

「じゃあ、盗んだんじゃなくて、飛ばしたのか」


「封筒を窓際に立てておけば、風が運んでくれるって思ったんです。

 でも、あんなに大ごとになるなんて……」


 沈黙の中、ユウマはふっと微笑んだ。

「その気持ちは、たぶん先生にも伝わってる。

 “誰かが手紙を持ち去った”より、“風が届けた”方が、ずっといい結末だ」


 夕陽が差し込み、カーテンが揺れた。

 どこかで、風鈴のような音が響いた気がした。



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