第10事件 体育館の消えたトロフィー 第1話「不気味な音声
「……聞こえたか?」
昼休みの終わり、体育館裏。
灰色探偵ことユウマは、スマホを耳に当てたまま眉をひそめた。
「うん、録音データに残ってる。トロフィーが消えた直後に、謎の音声が流れたってやつだよね」
隣でミナトがスマホを覗き込みながら答える。
音量を上げると、スピーカーからくぐもった音が流れた。
『――おかえり、栄光は戻らない。』
「……なにこれ、怖っ。どっかのホラー番組みたいじゃん!」
「けど、これが“事件の発端”なんだ」
そう言って、ユウマは体育館の中へと歩き出した。
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体育館は文化祭の余韻が残る空気に包まれていた。
部活動表彰のために飾られていたトロフィー台は、ぽっかりと空になっている。
「盗まれたのは、全国大会優勝トロフィー。バスケ部の誇りだって」
「うわ、それめっちゃ怒られるやつじゃん……」
ミナトはため息をつきながらも、ユウマの後をついて歩く。
ユウマは床をしゃがんで指先でなぞった。微かに、細い金属粉のような跡。
「これ……削りカス?」
「いや、金属じゃない。メッキ塗料だ。誰かが“何かを塗っていた”可能性がある」
ユウマの声に、ミナトの表情が変わった。
「もしかして――偽物?」
ユウマは頷かず、静かに立ち上がる。
「確証はない。でも、音声と合わせると……“すり替え”の線が濃いな」
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放課後、バスケ部の部室にて。
部長・キリサキが、苦い表情で二人を迎えた。
「悪いな、協力してもらって。俺たちも全員で探してるんだが……」
「盗まれたのは昨夜の19時以降ですね?」
ユウマが尋ねると、キリサキは頷いた。
「ああ。文化祭の撤収作業が終わって鍵を閉めたのが19時半。それまでは確かにあったんだ」
「監視カメラは?」
「……壊れてた。映像は全部ノイズで、何も映ってない」
ミナトが小声で「都合よすぎる……」と呟く。
ユウマはふと、部屋の隅にあるスピーカーを見つめた。
「このスピーカー、いつも使ってるやつですか?」
「うん。試合動画流したりする用のやつだけど……それがどうかしたか?」
「この“音声”が流れたって証言、体育館内だけだったんです。
つまり――“体育館のスピーカー経由”で流された可能性が高い」
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その夜。
ユウマとミナトは再び体育館に戻っていた。
「鍵は管理委員に頼んで開けてもらった。さて……」
ライトで照らされたステージ上。
その中央に、スピーカーの配線が散らかっている。
「……ユウマ、これ見て!」
ミナトが指差した先。
ケーブルの途中に、小さな“分岐装置”が取り付けられていた。
しかも、そこには“再生タイマー”の表示が。
「なるほど。時間指定で音声を自動再生する仕組みか。犯人は最初からこれを仕掛けていた」
「ってことは……あの不気味な音声、“誰かがその場で喋ったわけじゃない”んだ」
「そう。録音だ。そして――“録音の主”こそが、この事件の鍵だ」
ユウマはスマホを取り出し、録音音声を再び再生する。
『――おかえり、栄光は戻らない。』
その瞬間、ミナトが眉をひそめた。
「……あれ、この声、聞き覚えあるかも。
去年、卒業した……あのバスケ部のキャプテンに、ちょっと似てない?」
ユウマの瞳が鋭く光る。
「やっぱり、そう来たか。」
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翌日――。
ユウマは旧部室のロッカーを開け、中から一枚の紙を取り出した。
そこには手書きのメッセージ。
『次の世代が誇りを忘れたら、このトロフィーを封じる。』
「封じる……?」
ミナトが首を傾げる。
ユウマは静かに笑った。
「つまり、盗まれたんじゃない。“隠された”んだ。
この音声も、卒業したキャプテンが“後輩たちへの警鐘”として仕掛けた罠だったんだよ」
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夜。体育館のステージ裏。
壁の一部を外すと――そこには、ホコリを被ったトロフィーが静かに輝いていた。
「本当にあった……! じゃあ、犯人はいなかったってこと?」
「そう。“事件”じゃなく、“伝言”だったんだ」
ユウマは穏やかに言う。
「けれど、伝えたかった想いは確かに届いた。“栄光”は奪うものじゃない、守るものだって」
ミナトはその言葉に、小さく頷いた。
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