第2話 動機と矛盾
翌日の放課後。
家庭科室のドアには「立入禁止」の札がかかっていた。
ナギサは青ざめた顔で、ユウマの隣に立っている。
その前に立つのは、柔らかい雰囲気の女性教師――香坂先生だ。
白衣の袖を少しめくりながら、困ったように笑っていた。
「ごめんなさいね、ナギサちゃん。私……鍵を失くしてしまったの」
「えっ!? 本当にですか!?」
「うん。昨日、放課後に家庭科室の戸締まりを確認してから、
職員室に戻る途中で落としたみたいなの。見つからなくて……」
香坂先生は申し訳なさそうに肩をすくめた。
優しい人柄だからこそ、誰も強く責められない。
けれどその“失くした”という一言が、事件の重さを増していた。
「鍵が失くなった時刻は?」
ユウマが尋ねると、先生は少し首を傾げた。
「たぶん、五時ごろかな。生徒がみんな帰ったあとだったと思うけど……」
――となると、誰かが拾った可能性が高い。
ユウマは心の中でつぶやく。
家庭科室の鍵が外に出たのなら、密室は成立しない。
けれど、盗む理由が見当たらないのだ。
⸻
同じころ、家庭科部の準備室では、ソウタとミナミが言い合いをしていた。
「だから俺じゃないって! 器具なんて盗むわけねぇだろ!」
「でもソウタ、あなた昨日、家庭科室の近くにいたって……」
「それはたまたま! あの辺り、Wi-Fiの電波が強いんだよ!」
言い訳の方向性が少しおかしい。
だが、ミナミの視線は真剣だった。
彼女は放課後によく家庭科室を借りてお菓子を作る生徒だ。
だからこそ、ちょっとした違和感に気づいていた。
「昨日の夜、七時くらいかな。帰るときに、家庭科室の明かりがチラッとついたの。
人影は見えなかったけど……誰かいたと思う。」
その言葉に、ナギサは息をのんだ。
施錠されたはずの教室に、誰かが入っていた――。
それが事実なら、鍵を拾った人物が現場に侵入したことになる。
⸻
ユウマは静かに教室を見回した。
現場の空気をもう一度感じ取るように、窓際に立つ。
カーテンの裾には、昨日見た白い粉がまだ残っていた。
風が吹くたびに、それがきらきらと光を返す。
(あの粉は確かに小麦粉。だけど、ここまで高い位置につくものだろうか?)
ふと視線を下げると、ゴミ箱の中に銀色のアルミホイルの丸まりがいくつか見えた。
表面には黒い焦げ跡がある。
料理中に使ったものとは違う――焦げ方が不自然だった。
「これ、昨日もあった?」
ユウマが訊ねると、ナギサは首を振った。
「ううん。昨日は片付けて帰ったから、今日は朝から掃除してないの」
「つまり、誰かが昨夜ここで“何かを包んで焼いた”……?」
そのとき、ソウタが冷蔵庫を開けようとして、眉をひそめた。
「うわ、なんだこの熱!? 冷蔵庫、温かいぞ!」
「設定が“強”になってる……」とナギサ。
「冷蔵庫のモーターが焼け気味だね」とユウマが呟く。
――熱。
埃のない棚。
小麦粉。
アルミホイル。
それらが、ユウマの頭の中で一つの線を描き始めていた。
⸻
夕方。
ナギサが心配そうに声をかける。
「ユウマくん、犯人って……本当に家庭科部の誰かだと思う?」
「いや、まだ断言はできないよ。
でも、“盗まれた”と思わせた方が都合がよかった人がいるはずだ。」
「どういう意味?」
「つまり、目的は器具そのものじゃない。“事件”を起こすことが目的だった可能性がある。」
ナギサは唇を噛む。
文化祭の準備、部員たちの緊張、責任感。
そのすべてが複雑に絡み合っている。
ユウマは静かに微笑んだ。
「明日になればわかるよ。
この事件、きっと“誰かを守ろうとした”人の仕業だ。」
夕暮れの光が家庭科室を金色に染めた。
机の上に残る焦げ跡が、まるで“心の影”のように伸びていく。
ユウマの灰色の瞳が、それを静かに映し取った。
――放課後の謎は、少しずつ核心へと近づいていく。
⸻




