第3話「仕掛けられた実験台」
放課後の理科準備室。
昨日までの“幽霊現象”の余韻が、かすかに残っていた。
俺――天城ユウマは、糸や磁石、フラスコを床に並べ、再現実験の準備を整える。
「今日で、全て解明しよう」
ミナトもノートを手に構える。
ユナは少し緊張した表情だ。
棚の位置、換気口の角度、微風の通り道。
昨日の観察で分かった条件をすべて再現する。
「まず、糸をこの棚の角にかける……磁石でビーカーを押す方向を調整。
換気口の風で糸がわずかに揺れるタイミングを計算」
俺の手元で、フラスコがゆらりと揺れる。
そして、カラン――自然に落下する音。
「ほらね。幽霊は不要。全て物理の法則で説明できる」
ミナトが目を丸くする。
「すごい……本当に、誰も触ってないのに……」
リクは俯いたまま、静かに告白する。
「……はい。僕がやりました。放課後の準備室で、こっそり仕掛けを作りました」
俺は棚の糸を切り、磁石を取り外す。
物理的な“幽霊現象”は完全に消えた。
「どうしてこんなことを?」
リクは小さく息を吐いた。
「理科部の活動資金が不足していて、承認されない試薬を使うためです。
でも、幽霊現象にしておけば、誰も近づかずに実験を続けられると思った」
ユナは驚いた表情で息を呑む。
「そんな……怖がってた私たちは……」
「でも、目的は悪意ではなかった」
俺は静かに言った。
「論理的に行動すれば、危険もなく現象を作れる。
ただ、心理的に“幽霊”を演出することで、みんなを怯えさせてしまった」
リクは目を伏せる。
「……これからは、正しい方法で試薬を管理します。迷惑をかけて、すみませんでした」
俺は肩をすくめ、少し微笑む。
「科学の目で見れば、幽霊も怪奇も怖くない。
論理が全てを解決するんだ」
ユナが棚の上のフラスコをそっと拭く。
粉の跡は、夕陽に照らされてオレンジ色に輝く。
風がそっと吹き抜け、静かな放課後が戻る。
俺は準備室の窓際に立ち、微かな影を見つめた。
糸の仕掛けを作るために必要だった“細やかな計算”を思い出す。
それはまさに、物理学の実験そのものだった。
「さて、これで全て解決」
俺は小さく頷き、ミナトとユナを見渡す。
「事件は終わったが、学園にはまだ、数多くの謎が隠されている。
次の放課後も、俺たちの目は光を失わないだろう」
夕陽が準備室の床を照らし、粉の残りが黄金色に輝く。
その光景は、まるで小さな“物理の奇跡”のようだった。
――放課後の理科準備室。
静かな空間には、もう幽霊はいない。
しかし、ユウマたちの“観察眼”が、次なる謎を待ち構えている。
⸻
■この事件のトリック要素
•物理トリック×環境条件による幽霊現象
→ 糸+磁石+換気口の微風を利用し、誰も触れずにフラスコやビーカーを落下させる仕組み。
•心理トリック要素
→ 幽霊現象を見せることで、人々を近づかせない状況を作り、犯人の目的を隠す。
•動機重視のミステリ
→ 「誰がやったか」よりも、「なぜやったか」が重要。理科部活動を守るための行動だった。
•ノスタルジック/日常系余韻
→ 放課後の静かな理科準備室、夕陽と粉の残像が、事件解決後も日常の温かさを残す。




