第2話「幽霊の正体」
翌日、理科準備室の放課後。
昨日と同じ静寂が漂っていたが、俺――天城ユウマの目は鋭く光っていた。
「今日は、昨日の現象を再現してみる」
ミナトも手元にノートを持ち、観察準備を整える。
部屋に入ると、棚と実験台の位置を確認する。
昨日落ちたフラスコやビーカーの残骸は掃除されていたが、粉の跡は微かに残っている。
その“残響”から、落下のパターンを推定する。
「まず、床に落ちた順番を整理。フラスコA、ビーカーB、試験管C……」
俺は指で空間をなぞり、棚の角度と高さを計算する。
「……なるほど。棚の微妙な傾きと、窓からの微風を使えば、一定のタイミングで物を落とせる」
ミナトが目を丸くする。
「えっ、それってつまり“幽霊現象”も物理的に作れるってこと?」
「ああ。だが、ただ風を通すだけでは再現できない。糸や磁石を使った仕掛けが必要だ」
俺は棚の下を覗き込み、暗い隙間に手を伸ばす。
そこには、細い糸と小さな磁石が隠されていた。
「やっぱり……」
糸は換気口の風でわずかに揺れ、フラスコやビーカーを押す仕組みになっていた。
まるで誰かが“見えない手”で操作しているかのようだ。
ミナトが息を呑む。
「これ……夜中に誰かがやったってこと?」
「可能性は高い。換気口と糸の配置から計算すると、正確に物を落とすには熟練者が必要だ」
その時、理科部長の神谷リクが入ってきた。
「ユウマくん、何やってるの? まさか、また調査?」
リクの目には、昨日の騒動を気にしたような光が宿っている。
「リク、昨日の放課後、この準備室にいたのは?」
リクは一瞬黙る。
「……ええ、いました。でも、幽霊なんて出してません」
俺は棚と糸の仕組みを指さす。
「これ、君が仕掛けたものだろう?」
リクはしばらく沈黙した後、深く息を吐いた。
「……正直に言うと、僕です。昨日も今日も、僕が糸で操作しました」
ミナトが驚き、思わず口を押さえる。
「どうして……?」
俺が問いかけると、リクは小さく俯いた。
「理科部の活動資金が足りなくて……学校の承認が下りない試薬を使うために、誰にも邪魔されず試薬を手に入れたかったんです。
幽霊現象にすれば、他の生徒も近づかないと思って……」
ユナも驚いた表情で息を呑む。
「そんな……私たち、怖がって……」
「そうだな。だが、科学的に考えれば、幽霊など必要ない」
俺は淡々と告げる。
「物理現象を操作すれば、誰でも“怪奇現象”を作れる。君がやったことも、論理で説明できる」
リクは目を伏せ、ノートを握りしめた。
「……やっぱり、見抜かれましたか」
「当たり前だ。君の手の痕跡は、すべて計算通りだ」
その瞬間、窓から微かな風が吹き、棚の上の粉が舞った。
フラスコやビーカーが少し揺れる。
だが、誰も驚かない。仕掛けは暴かれたのだから。
「さて、これで真相ははっきりした」
俺は棚の糸を切り、磁石を取り外す。
物理的な“幽霊現象”は消え、準備室には元の静けさが戻った。
「ユウマくん……ありがとう」
ユナが微笑む。
「これで安心して放課後を過ごせます」
リクも小さく頷く。
「すみません……これからは、正しい方法で試薬を管理します」
俺は肩をすくめ、微笑む。
「科学の目で見れば、幽霊も怪奇も怖くない。
論理がすべてを解決するんだ」
夕陽が準備室に差し込み、粉の残る床をオレンジ色に染める。
風がそっと吹き抜け、静かに日常が戻った瞬間だった。




