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第6事件 屋上の落書き 第6事件 第1話「屋上の謎文」



 放課後の校舎というのは、不思議だ。

 昼間の喧騒が嘘のように消え、誰かの忘れた笑い声が、風の中に溶けていく。

 その静けさを、俺――灰色探偵こと天城ユウマは、どこか心地よく感じていた。


 だが、その日の放課後は違っていた。

 中庭を通り過ぎた時、空気がざわついていたのだ。


「ねぇ、屋上、見た?」「やばいよ、なんか暗号みたいなのが書かれてて!」


 ざわめく声に導かれるように、俺は階段を上った。

 ミナトが息を切らせてついてくる。


「ユウマ、また事件の匂い?」「たぶんな。……放課後は静かな方がいいのに」


 屋上の扉を開けると、白いチョークの線が壁一面に走っていた。

 雑に書かれたようで、どこか秩序がある。

 数字、記号、英字……そして、奇妙な図形。


 壁にはこう書かれていた。


 > ∠12-3-9 : T→E

 > △=希望

 > 4|7|11|13|∞

 > Wの影が指す先に立て


 まるで、何かの暗号だ。


 風に揺れるチョークの粉が、まだ乾ききっていない。

 つまり――ついさっき書かれたということだ。


「なんだこれ……数学の落書き? いや、まるで宝探しだね」


 ミナトの言葉に、俺は壁をじっと見つめた。

 線の傾き、文字の配置、角度。

 どれも“偶然”には見えなかった。


「……違う。これは“何かを伝えるための構造”だ」


「伝える?」


「ああ。まず、“∠12-3-9”は角度、つまり太陽の位置を示してる。

 T→E……Time to Evening。夕方へ、という意味かもしれない」


 俺は屋上の柵に立ち、西の空を見た。

 太陽はゆっくりと傾き、体育館の屋根が長い影を伸ばしている。


「“Wの影が指す先に立て”……。あのWは、体育館の換気口の形だ」


「え、じゃあこの暗号って――太陽の動きと影を使った“時限式”?」


「そういうことだ。書いた人は、日没をトリガーにして何かを残してる」


 ミナトが目を丸くする。

 俺たちの背後には、いつのまにか人だかりができていた。


「誰が書いたんだ?」

「風紀委員が調べてるらしい」

「落書きってレベルじゃねーぞ、これ……」


 生徒たちの視線の先に、一人の女子が立っていた。

 短く整った髪、真面目そうな眼差し――風紀委員長の城ヶ崎リオだ。


「屋上への立ち入りは禁止のはずです。皆さん、下校を――」


 リオの声は冷静だったが、その手はわずかに震えていた。

 彼女は壁の暗号を見つめたまま、唇を噛んでいる。


 その表情を見て、俺は直感した。

 彼女はこの暗号を知っている。


「城ヶ崎。君、この文字に見覚えがあるだろう?」


「……ありません。校則違反です。すぐに消します」


「消す? それじゃ“伝えたい人の想い”が消える」


 その言葉に、リオはぴくりと肩を動かした。

 彼女は小さく息を吐くと、呟く。


「……“誰か”が、約束を思い出してほしいだけなんです」


「約束?」


 リオはそれ以上言わず、屋上を去っていった。

 残されたのは、風の音と、チョークの粉だけ。


 俺は壁を見上げながら、呟いた。


「“希望”という三角形、そして夕暮れ。

 この暗号、きっと“過去からのメッセージ”だ」


 ミナトが少し不安げに言う。

「まさか、また誰かが……予告状とかじゃないよね?」


「いいや。これは“予告”じゃない。告白だよ」


 その瞬間、太陽が西に沈み、影が“W”の先端を指した。

 そこには、床に落ちた一枚の写真があった。


 ――リオと、見知らぬ男子生徒が並んで笑っている写真。


 裏には、こう書かれていた。


 > 『屋上で、また空を見よう。』


 俺はその文字を指でなぞりながら、確信した。


「やはりこの落書きは、“誰かが忘れた想い”の暗号だ――」



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