僕の日常。
一話完結型でのんびり書いていきたいと思います。
午前 4:44
僕が毎朝、起きる時間だ。
いつからだったか、この時間に起きる習慣みたいなものが出来てしまった。
べろべろに酔ってようが、夜更かししようが、休日だろうが関係ない。
必ず、この時間だ。
ベットの隅にあるイヤホンに手を伸ばし、音楽を聴き始める。
流れてくる音楽は、様々。
ポップス、ロック、ジャズ、クラシック。
他にも、落語や漫談、怪談なんかも。
きっと綺麗な音色や豊かな音色が流れているんだろう。
きっと心に響く話や、面白い話、ゾッとするような話が流れているんだろう。
音を想像しながら、仕事に行く準備をする。
リビングに移動して、昨日の内に並べておいたものを丁寧に手に取り、
一本一本眺めていく。
「今日は、この子を使おう」
全長約215ミリ。片刃、刃長90ミリ。
イノシシなど、獲物の皮を剥ぐのに使う少々形の変わった特殊なナイフ。
あまり出回らないものだった為、知り合いの猟師の方に紹介してもらって、なんとか手に入れた。
切れ味は文句のつけようがない程のもので、薄い紙をなんの抵抗もなく切れる。
メンテナンスが面倒な事さえ目をつぶれば、最高の一本だ。
刃の部分にカバーを取り付けて手に持ったまま、着替える為に衣装部屋に移動する。
姿見の前に立ち、改めて自分の全体を眺める。
髪型は、ストレートのミディアムロング。
前髪は切る際に失敗して、今はぱっつん。
色は黒。
172センチの程よい筋肉がついて、すらっとした背丈。
自慢じゃないが、お腹は6つに薄っすらと割れてる。
顔は糸目なのを除けば、整った顔立ちだと思う。
唯一の友人からは『日本人形(呪)』と表現されたのは、今思い返しても解せない。
机の上にナイフを置き、寝間着を脱ぎ捨てクローゼットに手をかける。
中にはオーダーメイドで作ったスーツが7着。
デザインも、色も黒で統一してある。
注文に注文を重ねたため、貯金が消し飛んだのは言うまでもないが、必要だから仕方ない。
着替えを済ませ、ベルトにナイフを固定して部屋を出る。
朝食は子供の時から変わらず、チョコ味のコーンフレークにヨーグルトをぶっかけたもの。
最初は別々に食べてたけど、今は紙皿に全部ぶっこんで混ぜて食べるスタイルになった。
社会人は忙しい。 これでいいのだ。
食べ終わった容器をゴミ箱に投げ捨て、ベランダに出る。
春先ということもあり、スーツを着ていても若干肌寒い。
煙草を咥え、お気に入りの麻雀牌柄のジッポで火を点ける。
「ふぅ...... 美味い」
初めて煙草を吸ったのは、小学5年生のときだ。
興味本位で父親の煙草を一本拝借し、今みたいにベランダで吸った。
勿論吸い方なんかわからず見様見真似で吸ってみたら、咳き込むわ喉痛いわ目も痛いわの酷いことばかり。
“将来、絶対煙草なんか吸うもんか”と心に誓った幼き僕の誓いは一体どこへいったのやら。
「大人になった僕は、喜んで吸う人間になっちまったよぅ。 幼き日の僕」
肺に煙を送り、ゆっくりと外に吐き出す。
煙がベランダから外へ流れていくのを見送り、短くなった煙草を水につけて吸い殻入れに捨てた。
こういう一手間は、喫煙者の最低限のマナーだと僕は思っている。
他人は知らん。
部屋に戻り、時計を見る。
午前 5:55
ゾロ目。
もうすっかり見慣れたゾロ目。
特に意味はない。
「そろそろお仕事しなくちゃね」
部屋の中央には金属製の肘置きがついてる椅子が一つ。
足は床に固定されていて、例え車が最高速度で衝突しても壊れないほどには頑丈にできている。
これもオーダーメイド品の為、貯金がなんとやら。 必要だからなんとやらだ。
ただ、この椅子に僕は座らない。
正しくは、座れない。
先客がいるからだ。
首、腰、手首、足首を固定され、猿轡まで嵌められた全裸の男性。 推定20代。
色落ちし始めてプリンみたいになった金髪のツンツンしたツーブロック。
鋭い目つきで睨みつけ、猿轡を取れば今にも噛みついてきそうな表情をしている。
肉付きもよく、程々に鍛えられている。 いわゆる細マッチョ? というやつ。
一般的には、ヤンキーとかいう部類だろうが、なかなかに整った顔をしていて一定層の女性にはモテそうだ。
実際、モテていた。モテすぎていた。 だからこんなことになった。
「おはよう、ヤンキー君。 今日も清々しい陽気になりそうだよ」
彼の猿轡を外す。
すぐに喚き始めた。
「ははっ! 朝から元気だね! 元気なのは良いことだよ。 生きてるってことだからねぇ」
体全体を使って脱出を試みているが、固定は全く揺るがない。
「さて、本当なら朝ご飯を食べさせてあげたいところなんだけど、生憎さっき僕が食べたのが最後だったみたいで在庫がないんだ。
申し訳ないけど我慢してもらえるとありがたいかな」
諦めずに喚きながらもがき続ける彼。
「トイレも行かせてあげたいけど、君をそこから動かすのはちょっと面倒だから、そこでしてもらって構わないよ。
掃除はプロに任せてるから、すぐに綺麗になるしね」
やがて疲れたのか、動きが止まり、荒い息を吐きながらこちらを睨みつけてくる。
僕はその耳元に囁いた。
「今から君には色々話してもらうよ。 話すも話さないのも自由。 だけど、話したほうが生きていられる時間は伸びるかもね」
彼から離れ、椅子のそばに置いたボイスレコーダーのスイッチを入れる。
ベルトに差したナイフを抜き、彼の前に立つ。
「さて、始めよっか。 時間が勿体ないからサクサクいこう。 事前に言っとくけど、午前の休憩とお昼、午後の休憩はちゃんととるから安心してね。
あと、残業は絶対しない。 夜は自分の時間に充てたいんだよね、僕は」
鈍く光るナイフを見た彼は大きく目を見開き、必死に藻掻いた。だが椅子はびくともしない。
そんな姿が途端に可愛らしく見えて、できる限り美しく、誰もが感動するような作品にしてあげようと心に決め、僕は優しく微笑んだ。
時計を見る。
午後 6:18
これもある意味ゾロ目。
24時間表記にすれば。
今はベランダで、優雅に仕事終わりの一服に勤しんでいる。
日はすっかり沈み、人工の光が織りなす美しい風景を眺めながら煙草を吸い、煙を吐き出す。
「仕事終わりの一服ほど幸せな事ないよ、うん」
短くなった煙草を処理し、もう一本取り出して火を点ける。
じわりと先端に火が灯り、そこから生まれる煙を身体全体に巡らせるように吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
「ふぁあ......煙草は確実に良薬。 間違いない」
お酒は全く飲まないが、友人曰く『お酒は百薬の長。 いや、兆薬の長だね』 とのこと。 きっと煙草もそうなのだろう。
異論は、友人のものだけ受け付ける。 僕のはダメ。
煙草を咥え、窓越しに作品を見る。
顔の中央から扉のように開き、皮膚を固定。
目は見開いたままこちらを見続け、口元は笑みに歪ませてある。
胴体は左胸だけ皮を剥ぎ、肉を除去。 邪魔な骨を一部外し、心臓が綺麗に見えるよう掃除した。
両手は付け根から手首の付け根までを螺旋模様に剥ぎ、手は合わせればハートの形になるように固定。
そこから下は敢えて何もしなかった。 いや、毛の処理だけした。 剛毛過ぎて作品のイメージに合わないからだ。
「タイトルは、『愛×哀』かな」
特に意味はない。
ただ、今回の依頼内容的にそれがピッタリな気がしたから。
吸い終わった煙草を処理して、部屋に戻る。
ミニテーブルに置いたスマホを手に取り、様々な角度から撮影する。
これが、なかなか難しい。
若い子たちの“映え”というやつは、僕にはまだよく分からない。
だが、今日は違った。
スマホを固定し、この日のために用意したバラの花弁を上から散らし、同時に遠隔シャッターを切りまくる。
撮影を終えデータを確認すると、いつもとは違う華やかな雰囲気が広がっていた。
「おぉ......ひと手間加えただけでこんなに違うのかぁ。 苦労したかいがあったよ」
早速、床に置いてあるノートパソコンに写真とボイスレコーダーのデータを送り、依頼主のメールに完了報告とともに送信する。
今回の依頼は、今までの仕事で一番の出来だと満足した。
もう一本、ご褒美の煙草を吸おうとベランダに出ようとしたところで、スマホが震える。
ご褒美煙草を邪魔されとてもとても遺憾だったが、画面には唯一の友人の名前。
でないわけにはいかず、ビデオ通話にしてでる。
「あ、僕くん!! 元気ぃ? 今ねぇ、君の家の玄関の前にいるだけど、開けてくれないかなぁ?
僕くんが私の為にいつも鍵かけないでいてくれてるのは知ってるんだけど、生憎、荷物一杯で手ぇ塞がっててさぁ。
なんで、荷物がいっぱいかだってぇ? そりゃ、旅行帰りだからだよだよぉ。 おみあげ一つだけにしようって決めてたんだけど、なかなか決められなくってさぁ。
20個くらいまではなんとか絞れたんだけど、そっから先がなかなか絞れなくてねぇ...... それで私良いこと思いついたんだよぉ。
絞れないなら、全部買ってしまえとねぇ。 私天才じゃないぃ? だから絞る為に候補から外したものも全て持ってきて全部買ってやったんだぜぇ。
占めて全部で40個になりやしたぁ。 あはっ。 あ、心配しなくても食べ物系は少なくしてあるからだいじょうびぃ。 ほとんど物にしてあるからさぁ。
金色の龍が巻き付いてる剣のキーホルダーとか、木刀とか、呪われそうな日本人形とか、カッパの右手のミイラとか、ツチノコのミイラとかねぇ。
他にも色々買ってきたから一緒に確認しようねぇ。 そういえば、ご飯食べた? どうせ僕くんのことだから煙草しか吸ってないだろうと思ってご飯も買ってきたんだよぉ!
僕くんの好きなお店の出来立てほやほや特大唐揚げ弁当だよぉ。 一緒に食べよぉ。 というわけで、開けてぷりーずぅ」
通話が切れると同時に、玄関のノブが凄まじい速度で回されている。
僕は、思う。
唯一の友達であるのは間違いない。
間違いないのだけど、友達にする相手を間違えたのではないかと。
というか、通話も出来て、ノブも回せるのなら扉開けられるだろうに......と思いながら、廊下を進み玄関の扉を開けた。
「やっほぉ、僕くん。 相変わらず呪いの日本人形だねぇ」
友人は、手話で僕に言った。
「正直、ムカつくけど君がそう言うせいで僕もそう感じるようになってきた。 だから明日にでも切ってくるよ」
僕はイヤホンを外し、両手いっぱいに紙袋を持った友人に言った。
どすどすと遠慮なく上がり込んでくる友人の後についていき、ふと玄関に置いてある小さな置時計をみる。
午後 8:20
またまたゾロ目。
まぁ、特に意味はない。
些細なことだ。
これから起こるであろう友人の暴走に比べれば。
「なにこれぇ!! めっちゃ綺麗で可愛いぃ!!」
全身で、感動を伝えてくる友人を宥めながら、僕は作品の説明をすることにした。