2.天気の堕落ーヒンメルフェアディニスー
「知らない天井だ」
誰でも知っているネタを華麗に披露した僕はさっき首を強打された部分をいたませながら起き上がった。
「エリンさん、やっと起きましたか。目覚めて早々にすみませんが横にある服に着替えてください。服はボロボロだったので廃棄させていただきました」
起きれば、木造の納屋のような場所でパンを焼いた匂いの漂う部屋にいることがわかった。どうやら僕を気絶させたあとここに移動させたようだ。
「ここは?というかちょっ!なんで僕、裸なんですか!も、もしかして!」
「ち、違いますからね!わたしはそんな趣味は持っていませんし、する理由もありませんから!へ、変な勘違いはよすことです。はぁ、そんなことより朝食にしましょう、席に座ってください」
リーシアさんは食パンのようなパンを焼いたものにベーコンと目玉焼きを乗せた物をくれた。麦の香りとベーコンの肉肉しい匂いが混ざり食欲を活性化させる。
白を基調としたシンプルなシャツとズボンを身につけ、少しきしむ椅子に腰掛けた。
「「いただきます」」
リーシアさんと一緒に食べ始めたが思った通りとても美味しい。
「はむ、え、これ、と、とても美味しいです、リーシアさん!」
「そうですか、それはよかった。あまりこのような機会に恵まれなかったもので自信はなかったのですが」
「いや、本当に美味しいですよ、この火加減とか最高です」
「そうですか、それで貴方の衣服を脱がせたのは身元や武器の有無を確かめるためです。間者ではないかと疑っていましたので、殴って気絶させてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、もう少しで黒いやつに殺されそうでしたから助けていただいてありがとうございます」
実際、リーシアさんがいなかったら、とっくにあの世に行っていただろう。
「……感謝します、それで実は起きてからエリンさん本人に確認したいことがあったのですがいいですか?」
「えっとなんですか?」
職務質問みたいなものなのかな。気づくと彼女は少し険しい顔で僕を厳しい目で見始めた。
「貴方は一体何者なんだ」
よくわからない質問だった。
「それは具体的にどういうことですか?」
「貴方が神教国から来たのはわかっています。なら何故国境沿いなんて危ない場所に行ったのですか。貴方は強くないですし、物心ついた者なら誰だってあそこが危ない場所だって知っています!それに私が貴方に名前を尋ねた時、貴方は「たぶん」と言っていましたね、それではまるで自分の名前がわからなかったかのような口ぶりだ」
「っん!」
「続けます。……そして私は一つの仮説を立てました。つまり貴方は何かしらの理由で記憶に障害が起こってしまい、何もわからず彷徨ってこの国に来たというわけです!」
と、彼女は自身満々に某推理漫画の◯ナン君のように人差し指を僕に向けて宣言した。
「いえ違いますね」
「そうかやはり記憶喪失……え!違うのですか!」
彼女は渾身の推理が外れたようで顔がりんごみたいに赤くなっていった。
「そ、そ、そんなことがあるものですか!だって貴方は名前も場所の意味も知らないように見えました、他にどんなことがあるというのですって、そんな、え、ほんとう、恥ずかしすぎる…!」
「僕、実は転生して来たんですよ。日本と言う国から」
「え、テンセイ?それはなんですか。」
「僕、実は交通事故、……つまるところ不運で死んでしまって、気づいたらあの原っぱで横たわってたんですよ。元の体の持ち主はどうなったのかわからないし、記憶は少しだけかすかにあるんで名前はわかったんですけど、ここがどこで、あの黒いやつも何かわからないし、本当に何も知らない状態でこの世界に来たんですよ。」
ありのままのことを話した。この人何か信用できる気がしたのだ。あとなんか天然の匂いがするし、、
「待ってください!つまり貴方は気がついたら知らない奴の体に憑依してしまって何もわからず彷徨っていたと……、よく生きていましたね……」
「実際、リーシアさんがいなかったら死んでたんですけどね、たはー」
「はぁ〜、そうですかわかりました、いやわかりませんけど、とにかく貴方が悪意を持ってこの国に来たのではないというならいいです。あ、それとその「リーシアさん」と言うのはやめてください。あまりその伸ばす言い方は好きではなく、苦い思い出があるので」
「わかりましたリシアさん!」
「はぁ〜。まぁいいです、疑念もある怪しさだってあります。ですが貴方の目は嘘をついていないようだ。わたしの目も嘘はないと言っていますし。本当にどういうことですか、こんなことは生まれて初めての事です」
目?ってなんだろう。信じてくれたのは嬉しいけど……一体どういう…。
「あ、すみません説明不足でした。目が何かわからないですよね。実を言うとわたしの目は魔眼というものでして、魔力や法力が多すぎると体の一部に障害が起こって普通ではありえない器官として成長することがありまして。わたしはその一つなんです。もちろんこんな奴はそうそういません。わたしが知っている限りでは私のおじさ…、釈迦様、それと魔導国フィルメニアの炎帝と、……確かその国の一人の学生にいると聞いたことがあります。そのようにまだ4人しか見つかっていないんです、覚えなくても構わないです」
魔眼、二次元で聞いたことはあるけどこの世界には存在するんだな。
「リシアさんはそれで嘘を見極めることができるんですね。すごい能力です、かっこいいですよ」
「そうですか?そんなことを言われるのは初めてで緊張しますね。この眼のせいで周りには疎まれていてな好きではないのですが、……ありがとう。おじ様に大笑いされた以来だ」
嘘がわかるってことは使いようによっては人の秘密を知ることすらできる。だから周りに怖がられていたのかもしれない。
あとそのおじ様っての全然隠し切れていませんよ。
「それでこれからどうするんですか?」
「ああ、それはもう決まっています。釈迦様、つまりこの国の王からの連絡で貴方を『宮』に連れて行くことになっています。支度ができたら移動しましょう」
これからの予定も出来上がった。
ほっとした。
そんな時だった。
外から地面が揺れるほどの爆発音が響き渡った。
「なんだ!なんの音だ!」
すぐにリシアさんと外に出て景色を見渡す。
「これは……黒い、雪?」
町外れにある納屋から見た景色は明らかな非現実的はものだった。さっきまでぽかぽかとした青空が広がっていた。なのに雲は白から真っ黒へと変わり雪も降り、しかも黒い、しかもこの感じ…、堕天使とか言う黒い奴に似ている。
「まさか、まだ半年以上あるはずなのに……わたししかいないなんて、」
「リシアさん!これは一体」
「これは『天気の堕落』という堕天使の大行進です。台風や竜巻と同じで奴らは時期がくれば東の神教国から西の魔導国まで移動を始める。神教国は国の構造上被害を受けないのですが我々は直接災害を受けることになるのです。10年に一度しかないはずでわたしも見るのは初めてですが」
堕天使の行進なんて理不尽すぎる。あんなのがたくさん来るなんてどうすれば
「リシアさん!その行進の規模はどれくらいかわかりますか!」
「天気の堕落は例年ほとんど規模は同じで、総数が2000ほどでその半分が4枚以上の羽を持つ堕天使だと聞きます。放っておいたら国が滅びるのは確実。いつもなら西の魔導国と協力して準備した上で迎撃する。もしくは釈迦様さえいれば一瞬で片がつくのですが、来るにしても半日はかかるはず。でも半日もすれば街が3つは地図から無くなる。とならば答えは一つです……」
「ここで時間を稼ぐしかない!!」
稼ぐっていっても一人でそんなのできるわけない絶対に死んでしまう。
「ダメですよそんなこと、他に手立てはないんですか!」
「ふ、心配しないでくださいエリンさん。わたしは端から死ぬつもりはないです。安心して貴方は逃げていなさい。西に向かえば釈迦様が助けてくれる」
ああ、ダメだ。彼女の顔は明らかに死を受け入れてしまった顔だ。
「黒梵天は元々あの災害を打ち滅ぼすために作られたものなんです。わたしが黒梵天である限り私は退くわけにはいきません。………………あ、申し訳ないのですが、もしわたしが帰らなかったら首都にいるメルシルという女の子に「体調に気をつけて、そして愛している」と伝えてくれませんか」
そんなの許さない、許されるはずがない!
「そんな遺言言いたくありません!そんなの自分の口で言ってください。僕も一緒に戦います。あなたを一人になんてさせない。させたくない!」
僕と変わらないぐらいの歳の女性が国のためにと命を投げ出すことは何があってもダメだ。それが避けられないなら、せめて、僕はその人と最期まで一緒にいたい!一人にさせたくない!
「そんなの貴方まで死ぬことになりますよ!貴方は異国の方なのだからこの国に命を捧げる必要はない。エリンさん!貴方は逃げるべきだ!」
「嫌だ!僕は逃げません!貴方と一緒にいます!僕がリシアさんの娘さんか友達かはわかりませんが、メルシルさんにその遺言を言ったて納得するはずがないじゃないですか!」
「それはそうかもしれませんが、だったらどうするというんです!貴方は強くない。犬死になってしまう!」
「それでもいい!それに僕たちは誰も不幸にならない道を選ぶべきです。……それに、そうじゃないと…………かっこ悪いじゃないですか」
「かっこ悪いって、……ふふふ、ははははっはー。そうですね。そうかもしれませんエリンさん。足掻くだけ足掻く方がかっこいいです」
彼女は満面の笑みで僕の声に応えてくれた。
「やってやりましょう!リシアさん!」
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「エリンさんは戦えない。先に街の人々を避難させてください。……心配しなくとも半刻程度でわたしは死なない」
「絶対に死なないでくださいよ」
さっきおおそれたことを言いながら戦えないというダサすぎることをしているが、僕ができるだけのことをするしかない。
堕天使が翼を広げ、黒が空間を覆い尽くし空に黒色のカーテンがかかる。見るだけで寒気がしてくる。そして謎の既視感がある。
…この光景どうかで……
「では行きますエリンさん、先に待っていますので!
【永久の炎、彼岸の花束、其は聖火を灯す者。非業の死を光に、憎悪を糧に、我は全てに報いる者。汝に不消の羽衣を纏わせたまえ】【アルヴィス・バファス】」
リシアさんの体を炎が燃やして…いや、守って、炎が形を持っていく。体は緋色の鎧に覆われ、背中には炎の翼ができ、右手にはハルバードが作られていく。
まるで彼岸花みたいな美しさは思わず口から「きれい」と言いたくなるほどだ。
彼女は高く飛び跳ね黒い塊へと突っ込んでゆく。
キェーー!!
ゴガァーーーー!!
堕天使は赤い異物を見るなり親の仇のように突撃していく。その中には今朝、僕が襲われた奴の五倍はあろうデカさのやつもいる。
……エ……ン……ア…………ル……ニゲ……
突如、僕は頭を内部からハンマーで砕かれるような痛みが始まった。
痛い!なんだこの痛みは!足を裂かれた時とは比べ物にならないぐらい痛い!
……ア……タハ……ツヨ……ナ……シ……
これは元の体の記憶!!
痛みで頭が働かない。体が暑い。泣いてしまいたい。
ビリッ
これは一体………………。
ビリッビリッ
何かに思考を取られるような…
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『コロステンシハコロスカミハコロスミナゴロシダユルサナイ』
頭が思考でいっぱいになる、埋め尽くされる、落ち着くことができない。
『コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス………………………………………………』
そのまま僕は魂が深い水の底へと沈んでしまった。