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~side 神聖帝国コンファールト の付近~
吾輩はシャハル帝国の“現”参謀であり、神聖帝国コンファールトの“元”宰相でもあるニャンガンである。
吾輩は今、地に寝そべり青い空を見上げているのである。
ここが草原で小鳥のさえずりが聴こえるのであれば、何の不満も無いのである。
しかし、吾輩の耳に届くのは逃げ惑う声と、轟音を鳴らす銃と言う道具の音だけである。
吾輩はドコで間違ったのであるか。
頭を持ち上げると、腹から止めどなく流れる血が見えるのである。
この場から動こうにも、右脚には痛み以外の感覚が無いのである。
腹の穴を押えている血みどろの右手にも、力が入らなくなってきたのである。
そして思い出す。
吾輩の絶望は、この右手から始まったのである。
1才になった頃、吾輩は父親に剣の練習をしたいと嘆願したのである。
だが、父親から告げられた言葉は非情な物であった。
「・・・無駄だ。猫人の手では剣も槍も握れない」
そう言いながら父親は自分の手を見せてくれたのである。
その手は確かに、吾輩のような子供の手では無く、大人の手であった。
が、肉球と指の短さのため、武器を握れる手では無かったのである。
武の道を断たれた吾輩に光明が照らされたのは、その半年後である。
不貞腐れて生きる気力を失っていた吾輩に、村へ訪れた行商人が、なぜか吾輩に本を見せてくれたのである。
もしかしたら、死んだ魚の目をした猫人の子供が珍しかっただけなのかもしれないのである。
その時、吾輩は思ったのである。武がダメでも、文で身を立てよう!
吾輩はその日、父親に文字を教えて欲しいと嘆願したのである。
だが、父親から告げられた言葉は非情な物であった。
「・・・無駄だ。村で文字を書ける者はいない」
そう言われて気が付いたのである。この村で文字を見た事が無かったのである。1年以上暮らして来て、その事に気が付かないとは、吾輩はアホなのである。
どうしても諦めきれなかった吾輩は、翌日、行商人に相談したのである。行商人のおじさんは笑いながら、吾輩に簡単な文字を教えてくれたのである。
覚えるのは簡単であった。文字数は24文字で表音文字であったのである。吾輩は1日で読み方をマスターしたのである。
行商人のおじさんには頭が上がらないのである。
ただ、読む事は出来ても猫人の手で文字を書く事は至難を極めたのである。
土に指で書く事は出来るのである。
しかし、土に棒を使って書く事が出来ないのである。猫人の手では棒を強く握り、正確に動かす事が出来なかったのである。
これを解決したのが吾輩が以前に使っていた道具、箸である。
1本の棒では力が入らず、棒を太くすれば握れない。だから2本を握り2本分の力を1本に集約して書いたのである。
2才を迎えた吾輩は、村で唯一文字を書ける猫人になったのである。
しかし、その日はあっけなく来たのである。
人間の襲撃。
村は焼け、大人は皆殺し。吾輩を含めた十数人の子供だけが生け捕りにされたのである。
吾輩たちに与えられた役目は、ダンジョンでの斥候である。実際は、斥候とは名ばかりの使い捨ての道具なのである。
人間よりも夜目が利き鼻も良いとはいえ、何の訓練も行ってない猫人の子供では、危険に対処する事は出来ないのである。
ダンジョンに入る事を嫌がった者は、皆の前で殴り殺されたのである。
次々と仲間が減っていく中、吾輩は生き残る為に文字が書ける事をアピールしたのである。
その結果、使い捨ての斥候から冒険者ギルドの職員へ、そして文官へと駆けあがり、宰相へとなったのである。
52年の吾輩の猫生も、ここで終わりなのである。
シャハル帝国の“現”参謀、
神聖帝国コンファールトの“元”宰相、
神聖帝国コンファールトの“元”会計監査、
冒険者ギルドの“元”職員、
ダンジョン攻略の“元”使い捨て斥候、
猫人の村の“元”村長の長子、
前世“元”源頼朝、
もう、猫人に生まれるのは勘弁なのである。
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こうして主人公は異世界?に何の爪痕も残す事無く散ったのである。




