7話 この世界の温泉は凄いらしい
まだ、ちょっと嫌そうな顔をする外の門番は少し悩んで、「通ってよし」と言った。
俺はついに町に入れた。
門をくぐってみると、幅三メートルぐらいの分厚い門と言うか、壁だった。改めて振り返って確認すると、壁の高さも十メートルぐらいありそうだ。
道はここから石作り。ちょっと靴下で歩くのは痛そうだな。
道歩く人は人だった。亜人とかいるのかな、なんて思っていたが、どうもいないらしい。いや、俺が見かけていないだけかもしれない。
ただ、人は人でも髪がカラフルだった。金髪と黒髪と茶髪が多くて、銀髪もちらほら。赤や緑なんてのもいる。
俺はつい立ち止まってキョロキョロしていると、やたら人と目が合う。
この世界の住人からしたら俺は珍しい格好なのか、それとも臭っているからなのか、チラチラと俺を見てくる。
「お風呂屋さんはこっちですよ」
キョロキョロして、立ち止まってしまった俺に、ライカが言った。
俺は「スマン」と謝りライカについていく。
とある若い女とすれ違った時だ。
「クサイ……」
はっきり言われた。
やはり臭うのか。ショックだ。
振り返ると銀髪短髪の女だった。
そいつも振り返ってたらしく、半身こちらにむけていた。
俺と目が合うと「キモい」と言って、行ってしまった。
「ぐぅ」
俺はぐぅの音しか出なかった。
それから、十分程歩くと風呂屋に着いた。
看板には『天然温泉が自慢 風呂屋 キッカイ』と書かれている。
ライカの後を追い、中に入るとそこは銭湯みたいな風景だった。
入口直ぐに靴置き場があって、その奥に小さな部屋がある。ロビーだ。部屋の奥には番台らしきものがあり、その後ろにまた入り口が二つある。青い『男』というのれんと、赤い『女』というのれんがあった。
ライカが番台にいる婆さんに言った。
「スミマセン。今日だけここでで脱いでいいですか?」
「お嬢ちゃん、はしたないよ。駄目に決まってるじゃないか」
「私じゃなくてこちらの方です。シャツにゴブリンの臭いが染み付いちゃって……。洗いに行きたいのです」
婆さんはこちらに目をやり、
「確かに臭うね。今日だけ特別だよ」
そして『男』のれんを指差し、
「中で脱ぎな。私が受け取って、お嬢ちゃんに渡すよ。そうだね、カゴも貸してあげようか」
「わかりました! ありがとうございます!」
「それじゃあ、男が一人で七百エルだね」
婆さんは、そう言ってカードを取り出す。
ライカは「分かりました」と言い、自分のカードを、婆さんのカードの上にかざす。
「七百エル」
「了解しました。七百エル」
二人が何か事務的に言うと、二人のカードは淡く光る。支払いが完了したらしい。
「ほれ、兄ちゃん。早く入りな。他のお客さんの迷惑だよ」
「すまない」
俺は急かされて、男湯に入り、服を脱ぎ、それを脱衣所のカゴに入れ、婆さんに渡した。
浴場の入り口だと思われる、ガラスのスライドドアを開けると、やはり銭湯だった。洗い場があり、奥に風呂がある。
微かにヒノキの香り。
俺は身体を洗う。
蛇口はなく、金属製のポンプがあった。
コキコキ鳴らし、ポンプを上下に動かすとお湯が出てくる。
俺は桶にお湯を貯めてかぶる。
備え付けの石鹸はあったが、無臭だった。
ボディタオルはないので、手で洗う。
しかし、他の客はタオルらしきもので、身体を洗っていた。
何処かに貸し出してるものがあるのかなと探したがなかった。
背中はどうしょうと思っていると、爺さんが声を掛けてくれて、洗ってくれた。
「ありがとう」
「このぐらいいいんじゃよ」
俺は爺さんに礼を言い、風呂に入った。
風呂は大きなものが一つしかなかった。お湯の色は透明ではなく、薄いオレンジ色。
足を入れる。擦り傷に沁みる!
しみるるるるるるる、る?
痛くなくなった。
慣れたのかな、ともう片方の足をお湯に入れてみる。
やっぱり沁みるが、しばらくすると痛くなった。
ふー。生き返る。
温まる。身体の芯まで温まるねー。
風呂から出て、脱衣所で、フルチンで婆さんに声を掛ける。床は容赦なく濡れている。
「ライカは戻って来たか?」
「さっきのお嬢ちゃんだね? まだだねー」
「そうか」
「そこの椅子に直に座っていいよ。本当は着替えてから座って欲しいけど、仕方ないね」
「すまない。助かる」
婆さんは俺がフルチンなのに気がついたらしい。
「おや、忘れてたかね。バスタオルとタオルだよ」
俺にバスタオルとタオルを手渡す。
忘れるなよ!
俺はバスタオルで身体を拭き、床も拭き、濡れて気持ち悪い感触のバスタオルで腰や股を隠し、椅子に座った。
あ、リーゼントどうしよう。
頭も洗ったので、リーゼントはサラサラヘアに戻っていた。
ヘアワックスもなければ、ヘアスプレーもない。
ドライヤーもなければ、ヘアアイロンもない。
諦めるしかないか……。
そうだ。
せめてオールバックにしよう。
髪を後ろに引っ張りながら、タオルで髪を抑える。
二十分程待つと、番台から聞き覚えのある声が聞こえた。
「すみません。お待たせしました」
「あぁ、来たね。兄ちゃんならもう上がっているよ」
どうやら、俺の服が到着したらしい。
俺は婆さんに呼ばれた。
やはり、思った通りらしく、俺の服が入ったカゴを渡してくれる。
着替えていると、気がついた。
足の裏の擦り傷が治っていた。
なんでだ?
後でライカに聞いてみよう。
ちなみに、タオルを頭から取るとオールバックにはならなかった。
ツンツンヘアーだ。
脱衣所から出ると、ライカが駆け寄ってくる。
「髪型変えたんですねー。その髪も似合ってますよ!」
「そうか」
俺は照れた。
ライカに傷のことを聞いてみる。
「温泉ですからね。プチヒールぐらいの効果があるんですよ! 擦り傷ぐらいなら治りますね」
「ほう」
そういうものなのか。この世界の温泉は凄いな。
俺が感心していると、ライカはサンダルのようなものを俺の前に置いた。
「とりあえず、兄に借りてきました。これなら、サイズは関係ないですよね」
「すまない。助かる」
「さぁ、次は靴屋に行きましょう」
靴屋に向かうのだが、サンダル凄い。痛くない。
靴屋で、ライカの兄から靴を買う。
見習いが作った物で、ギリギリ売りに出せる品質らしい。
三千エルだった。ちなみに普通の革靴だった。
情けなく、ライカに払ってもらう。
これで、俺の借りは三千七百エル。
おっと、洗濯代を忘れていた。
洗濯機があるのか分からないが、俺の服は乾いてた。
乾燥機に似たものがあるのだろう。
ライカにさりげなく聞いてみると、乾燥代金は三百エルらしい。
服は共用の井戸近くのこれまた共用の洗い場で、自分で洗ったから、無料だったらしい。無料と言ってたが、石鹸を使っだろうし、手間も掛かってる。
乾燥代金と同じ三百エルとしよう。
俺の借りは四千三百エル。
むむ、直ぐには返せないぞ。
確かゴブリン一匹千エル。
三体で三千エル。
足りない……。
ダセー。
今の俺ダセーぜ……。
そう考えながら歩いていると、神殿に着いた。