5話 一匹のゴブリンは軽くても三匹のゴブリンは重い
「ゴブリンを、このまま置いて行ってはダメなのか?」
「それはそうでしょう。このまま、置き去りになんて許されませんよ」
「そうか」
そりゃ、そうか。
死体あふれる風景なんて嫌だもんな。
「それにゴブリンなら冒険者ギルドから報奨金が出ますよ」
「ほう。どのぐらいになりそうだ?」
「一匹千エルかなぁ。私も詳しくは分かりませんけど多分そのぐらいだと思います。さぁ、行きましょう。急がないとお昼になってしまいます」
エル。それがこの世界のお金の単位なのか。銅貨や銀貨じゃないんだ。
にしても、円とドルを足して二で割ったような名前だな。
それより、昼前らしい。朝に異世界転移したから、朝の時間帯に飛ばされたのか? うーん、分からん。
「そうだな。急ぐか」
俺はゴブリンを右手で担ぐ。まだ生暖かい。正直気持ち悪い。
二匹目のところに行って左手で担ぐ。重い……。
三匹目を……。どうやって持とう。利き手の右ならもう一匹ぐらい持てるかな。
重い。けど持てた。
「力持ちですねー。凄いですね!」
「まあな」
「さぁ、行きましょう」
女は俺の後ろを指差し、「こちらが城下町です」と。
俺の前方を指さし、「ちなみにあっちは森が広がってますよ」と言った。
歩くと先ほどより重く感じる。一匹二十キログラムだとして、六十キログラムぐらいか。歩くのには向いてないな。
歩きながら、俺は色々聞いてみた。
「この世界では、みんな倒したゴブリンを町まで運ぶのか?」
「そうですね。でも戦闘専門職なら、アイテムボックスがあるので楽だと思いますよ」
アイテムボックス。
『小説家になろう』で読んだ話にも出てきたな。
何でもしまえる便利な空間。
「お前は持ってないのか。アイテムボックスとやらを」
「へー、異世界にはアイテムボックスがないんですね。私たちの世界では大人はみんな持ってると思いますよ」
なに? じゃあ俺が担がなくてもいいじゃないか。
俺は少しイラッとした。
俺の機嫌が少し悪くなったのを察したのか、女は言った。
「あ、私のアイテムボックスにはゴブリンは入りませんよ。農作物だけです」
俺は女の背中の大きなカゴを見てみる。
キャベツが入ってるのかと思ったカゴには、何も入ってなかった。
視線に気づいたのだろうか。
「これは買い出し用です。ふふ。キャベツなんて重いもの背負って長距離は歩けませんよ」
「そうか。カゴを貸してもらえないか? ゴブリンを入れたい」
「ダメです! 何言ってるんですか! 食料も入れるカゴにゴブリンなんて入れられません。だって、ゴブリンは、生涯お風呂に入らないんですよ!」
なるほど。気持ちは分かる。
そう言えば、何やら変な臭いがするな。
ゴブリンからだったのか。
「そうか。すまなかったな」
俺は諦めた。ああ、そうだ。これも気になったんだ。
「農民のスキルとやらはどんなものがある?」
「そうですね。『害虫駆除』はマストですね。あとは『採集速度アップ』とかも外せないです。それと味や見た目や大きさが良くなる『品質アップ』が十段階あるんですけど、それを取得していくかな。十段階まで強化するにはレベルがかなり高くないといけないんですけど、まあ、憧れですね。私は今レベル十七で、『品質向上』は二段階目ですね」
「そうか。頑張れよ」
「ありがとうございます! あ、あとアイテムボックスもマストですね。これがないと大変ですから」
それは分かる。俺、今とても大変だ。
ベンチプレス百二十キロの力自慢のつもりだったが、ゴブリンを担ぎながら歩くのはかなり辛い。
「死体をしまえるアイテムボックス持ちはどんなやつだ?」
「戦闘専門職、えっと、例えば、剣士やワンハンドソードマンやツーハンドソードマンなんかが持ってたと思います」
「剣を扱う職業にも色々あるのか」
「当たり前じゃないですか。異世界では違うんですか?」
「さあな。俺は働いたことがない、高校生だった」
女は軽蔑の表情を浮かべた。
「異世界でも無職だったんですね」
「違う! 高校生だ」
「コーコーセーって何ですか?」
「学生ってことだ」
「へー。異世界の人は随分と長いこと修行するんですね。私たちの世界では十二歳から働く人が殆どですよ」
女は羨ましそうに言った。
「そうか」
(当たり前のように学校に通える君たちは、世界的に見れば恵まれてます)と、担任が言ってた。あまり実感がなかったが、そういうものなのかもな。
俺は反省した。
そしてもう学生には戻れなくなったのだと思うと、不安にかられる。
「あ、見えてきました。あのお城がサホロ城です」
道の先に城が見えた。高台にあるっぽい西洋風の城。
その手前には、高い壁も見えた。この世界の町は城塞都市なんだ。
サホロって札幌みたいな名前なのに、西洋風のお城。
「もう少しですよ。頑張ってくださいね」
「あぁ」
早く着いてくれー。腕が痺れてきたぞ。
「そう言えば、名前を伺っても名乗ってもいませんでしたね。私はライカです」
「原田 哲夫だ」
「ハラダテツオさんですね」
「フルネームじゃなくていい。原田だ」
「もしかして苗字をお持ちですか? 異世界では貴族様だったのですか?」
「いや、俺のいた世界、いや、俺のいた国では誰もが苗字があった」
「へー。羨ましいです」
どうやら俺はこの世界基準で恵まれた生活を送っていたらしい。
もしかしたら元の世界でもそうなのかもな。日本に生まれただけで恵まれていたのかもしれない。
「ハラダさんは大きいですね」
「百八十六センチだ」
「センチ? 異世界の単位ですか?」
「ああ」
センチは通じないのか。翻訳してくれないのか。
覚えなきゃいけないことが沢山ありそうな予感。
とは言え、何が分からないかも分からないぐらいに、何も分からない。
他に何を聞けば良いのかも分からなかった。
「その髪型も珍しいですね」
「ああ。そうだろ」
「はい!」
「リーゼントって言うんだ」
「へー、異世界では髪型も違うんですね」
などと世間話しながら歩いた。
気がつけば、サホロ城下町の門にたどり着いた。
やっとか。
あー、重かった。臭かった。足の裏が痛かった!