3話 ゴブリン
「キャー!」
悲鳴を聞いた俺が振り向くと、十メートル程先に大きなかごを背負った女がいた。
外国の人だろうか、金髪の十代後半の女だった。いや異世界だったな。あの髪がスタンダードなのかもしれない。
彼女の前には、パンツだけ履いた緑色の子供が三人。と思ったが、頭には髪がなく、人とは思えない顔だった。牙がむき出しで、目も赤い。耳も尖っていた。言っては悪いがどいつも醜い顔をしていた。
子供の手にはナイフらしきものが光っていた。
助けなくては!
と思うのだが、相手は子供なのだが、手にはナイフ。
正直俺はビビっていた。
そもそも高校デビューを思いつき、動画で色んな格闘技を練習していたけれど、実戦は昨日の元友達が初めてだった。
小学校にも中学校にも不良はいなかった。平和な学校だった。
昨日の一件で、(あれ? 俺強いじゃん)と思ったけれど、刃物は怖い。
脚が震える。
ダセー。
今の俺ダセーぜ。
ここで助けなきゃ漢じゃねー。
俺は立ち上がり、自分がTシャツにジャージの下に靴下と寝起き姿だったことに気がつく。
だか、それは気にしてる場合じゃない。
「待てや! オラァ!」
俺は叫んだ。日本語が通じるのか分からなかったけれど、女と子供三人はこっちを向く。
子供たちの注意が俺にある隙に、女はこちらへ走り出し、俺の後ろに隠れた。
俺のTシャツに捕まってる。動きにくい。
「もう少し離れろ」
自分の服を引っ張りながら言った。
通じたのか女は俺の服から手を離し、少し後ずさりした。
さて、子供たちに目をやると、こっちに走ってきている。
ナイフが太陽でキラキラ光る。
落ち着け。
そうだ。格闘技動画の他に参考になる知識があった。
ゲームはやったことがある。
アクションと格闘ゲームだ。
今回参考にするのはアクション。
一撃でこっちが死ぬ系のやつだ。
まず避ける、意地で避ける。
食らったら死ぬと思え。
そして相手が体勢を崩した所にカウンターだ。
って言うかタブレット邪魔だ。消えてくれないかな。いや投げ捨てるか。
と思うと、タブレットは消えた。
自分の意志で消えるみたいだ。
覚悟を決めて、震える脚をバンバンと叩く。
子供の一人目が俺にナイフを突き刺してくる。
俺は大きく避けて、一歩前に出ながら相手の横に回る。
ガラ空きの背中が見えた。その背中に肘打ちを食らわす。
子供は転がる。
子供ぐらいの大きさだから、少し心が痛んだが、奴らの顔は子供じゃなかった。
大丈夫。コイツラは人間じゃない。なんて言ったかな。そう。ゴブリンだ!
トドメに転がったゴブリンの頭を思いっきり踏みつけた。グニャと嫌な感触。
ゴブリンは「ギャッ!」と叫び動かなくなった。
多分、俺は能動的に直接的に生き物を初めて殺した。スプレーなどで虫を殺した記憶はあるが、直接殺したのは初めてだった。
胃からこみ上げてくるものがある。
が、それ所ではない。
ぐっと胃から逆流してくるものを飲み込む。
残るは二人。いや二匹。
どうも奴らは警戒したらしく、こちらの様子をうかがっている。
カウンターじゃないと怖いんだけどな。
殴りかかってくる気配がない。
ふと思いついた。
ジャブを強化したんだった。
これなら、刺される前に先制攻撃を出来るかもしれない。
一か八かだ。
俺は恐怖を振りほどき、一歩踏み込む。
左のゴブリンの顔面にジャブ。
シャブ、ジャブ、ジャブ。
四発打ち込んだが、三発は空振った。
一発目で、「グェ!」と声と共にゴブリンは吹っ飛んだのだ。
五メートルぐらいも。
仰向けに倒れ込んだゴブリンは、ピクビクして数秒、動かなくなった。
多分絶命した。
やはり気分は悪い。
それに強化の効果エグい。
子供ぐらいの体重とは言え、ジャブで、あそこまで吹き飛ぶものなのか。
最後のゴブリンはもう怖くなかった。
ジャブを食らわす。
やはり、五メートルほど吹き飛び、絶命した。
「ホニャララホニャララ!」
女が何度もお辞儀しながら、何か言っていた。
やはり言葉が通じないようだ。
困った。
アドレナリンが切れたのか、靴を履いてない状態で何度か踏み込んだ足の裏も、かなり痛い。
困ったぞ。
また俺は閃いた。
中学生時代の友達から、これだけは読んどけと、『小説家になろう』というホームページで、二作ほど異世界転生ものを読んでいたことを。
一作は異世界転生すると自動で言葉を習得していた。
もう一作は転生時に神様からスキルとして習得していた。
タブレット出てきてくれ!
そう念じるとタブレットが左手に現れた。
画面には『初心者ミッション初めてモンスターを倒そうをクリア! 100ポイント獲得しました!』
とあった。
それは今いい。
タップする。
『通常ミッション コブリンを倒そうをクリア! 10ポイント獲得しました!』
俺はまたタップし、ようやくメーン画面を表示する。急いで『交換』をタップする
何処かにあってくれ。
言語習得。
……。
あった!
『生活力強化』のタブの、左、最初の方の一番下にどことも繋がってない四角。
『異世界語翻訳』があった!
タップする。
『2000ポイント使って取得しますか? YES NO』
俺は躊躇した。
ジャブ強化に比べて高くない?
迷ってる場合じゃないか。
俺はYESをタップする。