009 永禄と令和
永禄5年(1562年)。
おー、わたしもどうにか生き延びて17歳になったか。
令和の世なら花のセブンティーン、青春真っ盛りのJKやないの。
やが永禄年間に棲息するこの身は、ただの異世界出身、青年姫武将にすぎん。
――さて、尾張の織田から於市姫との縁談話を持ちかけられた。
これは正直、寝耳に水だった。
逆にとうとう織田に直接触れたと感じ、緊張した。
織田家はこの年、桶狭間でのミラクルな逆転勝利に勢いづき、尾張国内一統をほぼ成し遂げ、東隣三河国の松平元康(=のちの徳川家康)と軍事同盟を締結。
北雄美濃国の斎藤家を打倒すべく、盛んに北伐をおこなっていた。
チュートリアル・なーこに相談した結果、「可能な限り歴史に従った道を歩め」と上司が(好き勝手に)言ってると冷やかに返され、わたしは吐息一つで観念していた。
その後好日、浅井家の支城となった佐和山城に、少数部隊を引き連れてのお忍びで義理の兄となる男がやって来た。そして奇しくもこの日、初対面を果たすコトになった。
その男、織田弾正忠、上総介三郎信長。
「ようやく会えた……。コイツを現代に強制送還させるのか……」
実際に会うまで、わたしはひょっとしたら実は「しょせんニセモンやろから」と、彼のコトを舐めてかかっていたかも知れない。
相対した本人。
「想定外や……」
ところが、これがハンパない。
ニセ信長の威圧感が。
浅井の重臣たちがざわついてる。
本丸屋敷、覗く高楼の木戸から城門あたりを指し、口々に囁き合う。
「あの者たちは何だ?」
「手に持っているのは種子島……か?!」
と。
織田信長が引き連れた一隊。
ーーそれは、現代のロシア銃を抱える魔法使たちだった。
浅葱色をしたフード付きのオーバーコートは、かつて見慣れた様相。――魔法使の軍装。けれどもここは戦国異界やぞ。
いったいこの近江の地までどーゆールートを通って目立たずに来たんか、とにかくその異様さに、生じた震えが止まらなくなった。
『――あれはロシア製SVCh。自動装填式の狙撃銃ね』
「分かってる。でも何処からどう、持ち込んだんや……」
『共犯者多数ってコトでしょ。これは厄介だわ。上司に報告しとく』
この一事だけとっても、底の知れん不気味な男や。
ただ少なくとも判ったのは、ニセ信長は単独犯でなく、組織を組んで歴史改変を目論んでおり、さらには綿密に練られた非常に計画性の高い犯行を実行しているとゆーコトだった。
「思ったより手強いかも知れん……」
少し前の話やが、永禄4年に、六角承禎が美濃の斎藤龍興とつるんで浅井領の削り取りに乗り出したコトがあった。
ただ、頼りの協同者の斎藤龍興はまだ15歳の少年で、しかも国軍を切り回すには力不足の感があり、わたしらには幸運やったが六角からしたら逆に足手まといになってて、このときも、斎藤家の有力氏族だった西美濃三人衆(=氏家ト全・稲葉一鉄・安藤守就)なんかは、すでに織田信長の圧に降って門外に馬を繋いでいた状況やった。
そんときわたしは、一手を率いて笠縫と美江寺川(=双方、岐阜県の南西部)で斎藤龍興軍と交戦し、コテンパンに懲らしめている。
「その節は大義だった。まさに浅井長政は勇猛果敢の士なり。貴殿こそ、我が妹の婿に相応しい」
織田信長が、本来この地の主たるべきわたしを下座に平伏させ、遥か上座から投げ下ろしの褒めちぎり。
はいはい、風下は慣れっこですよ。はいはい、それは買いかぶりですね。つか社交辞令ですかね。
ふと脳裏に、過去の自分が浮かんだ。
◆◆
「浅井ィ。部長がお呼びだ」
「はぁ。なんすかね?」
同期入社の係長に呼び止められ、廊下で肩をすくめた。
どうせ、ろくでもない用件に決まってる。そう踏んだからで。
わたしは魔法使が所属する会社に勤めていた。
多くは語れんが【世のため人のため】をモットーに社会奉仕を旨とする公益民間団体だ。
今年でええと……18歳で入社したから……勤続11年になるか。
同期で役職がついてないんはわたしだけやし、この年で未婚なんも、わたしだけ。
男子はたちまち偉くなって後輩に最前線の仕事を預けてるし、女子は職業柄モテるのか「あっ」チュー間に結婚ゴール決めて辞めちゃうし。
とにかくまぁ、どえらいアウェー環境やねんなぁ。
このDNAに刻まれた関西弁ひとつとっても「エセ方言キショイ」とかってオトコどもに敬遠されてて、非モテ筆頭に躍り出てんし。
「部長、お呼びですか?」
部長は個室で鋭意ソシャゲー中。わたしに気付いたのか否か、画面に目を落としたままシカト。
あ、そのゲームね。課金なしで割と楽しめますよね。
間を窺ってもう一度声掛けしようと気を張ったところで「あ?」 とカオを上げて来た。
「そか。オレが呼んだんだったな。そこのソファに座れ」
部長室のソファは合成皮革の安物ソファ。いっこ格上の理事の個室となると、上物に変わる。
そんでここのソファは幾多のペーペーが着座させられ、ときには下僕課長も加わってトクトク延々、精神論、愛社論、昭和モーレツ熱血論だかなんだか知らんが、絵空事、現場を知らない人間の空想上の理想を、「オレの若い頃は」とジェラ紀か縄文時代の自らの武勇伝とセットで冷水シャワーのごとく浴びせ、「そうだろ? そう思わないか?」 とハラスメント全開で同意を求め、在りもしないヤル気を問われ、無量大数の落涙と脂汗でベチョベチョのグチョグチョになってる呪いのソファ。
……はあぁ。コンマ1秒間、不快のダムが決壊してもた。
座りたくねぇ。
「――あのなぁ、浅井ハナヲ。オマエも入社してずいぶん経つよな?」
「えぇ。まぁ」
あえて「11年です」などと、正しては答えない。どうせ彼にはどうでもいいコトなんだから。
あ、ほら。リターンキー押された。
「だいぶ期待されてたよなぁ、新人の頃のオマエ。それが今じゃ……くくく」
そう。コイツは同期。
ちなみに部下の下僕課長も同期。
当時はわたしだけでなくコイツらも含めて【花のサンマル入社組】って持てはやされてたっけな。
「同期の誼であえて苦言するぞ? オマエさ、お荷物とか言われたら、どう思う?」
「仕方ないでしょう? 事実なんですから」
花のサンマル入社組。つまり、2030年度入社組。
その中でわたしは、魔法使としての個体能力が断トツやった。
魔法学校時代の成績は基礎学力や学習態度などの総合的資質で評価されるから振るわんかったけど、ガチ能力テストじゃ、トップ中のトップレベルやったんや。
そういうイミでは言わば、光り輝く一等星、チャンチャン鳴り物入りで入社したんやった。
「――そうか、自覚あんだな。じゃあハッキリ言おう。オマエもう、面倒見切れんぞ? これからどう行動するかはオマエ自身で決める事だな」
面倒……。見てもらった覚えはないっ。
あと、「オマエ自身で」とか一見親身を装って忠告してる風やけど、こりゃただの他人事、実質退職勧告の常套句やないの。
てーか、それ以上カオ近付けんのヤメロ。こちとら嫁入り前やぞ、こんにゃろ。
「そうですか。わたし自身で、ですか」
「ただオレは、オマエが不憫で堪らない。だからな、上にかけあってどうにか首の皮ひとつで面倒見てやれそうな話をもらってやった」
「……はぁ」
「魔法使ってのはな、世間一般的に人気モンでな。現に同年代の女子はみんなカレシ作ったり、結婚したりしてるだろ?」
「……あーえー。で、その面倒見れそうな話とは?」
話の流れ的にイヤな予感。
オレの愛人になれとかゆったら、ポ〇チン蹴り上げちゃるぞ、コノー。
コイツ昔、さんざわたしに言いよってたからな―。
「オマエ、オレの……」
はーい。オキャン〇マ、一名様つぶれマシター!
「――オレの独り言を汲み、戦国時代に行ってくれたらウレシイ」
「……はい?」
「戦国時代だ、戦国時代」