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【完結御礼】社内ニート女子、戦国時代で社長する?! ~ 浅井家の殿として織田信長と戦います ~  作者: 香坂くら


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008 野良田表の戦い


 強面の上坂刑部が鼻の下の髭をこすり、歯を見せた。

 だから何だってんだ? と言いたげやった。男前やねェ。


「ビビったヤツ。今のうちに逃げといた方がいいぞ? たぶん殿は咎めんだろ」

「ナメるな。貴殿こそ手柄を取られても、ほえ面かくなよ?」


 応じたんは安養寺氏秀っておっちゃん武者。突き出たオナカをさすさすしてる。

 ふたりの度胸満点の掛け合いで、場の雰囲気がグッと柔らかくなった。


「みんな。わたしは今日、この地で果てても一向に悔やまん。何故ならお前らの意気込みが伝わったからや。わたしの想いは引き継がれるって確信したからや」


 わたしは前にチュートリアル・なーこに頼んでラッパを取り寄せていた。

 それはただ単に気分が落ち込んだときに吹いてやろうと軽く思ったやつやったんやが、ふと思いついて予め馬廻り衆(=長政親衛隊)にも練習させていた。そしてソイツらの方が上手く吹きこなすようになった。


「さぁ、ラッパを吹き鳴らせ! 突撃の合図やッ!」


 まったくの景気づけ、むしろ相手に攻撃するぞ! と教えてしまう間抜け演奏やが、それがいい!

 死地に向かいてひたすらに進め!

 そう自分に尻たたきが出来る。いまのわたしの気分にぴったりの号令やった。


◆◆


 戦国の大地、突撃ラッパの号音により、味方先陣の百々内蔵助隊と、敵方、六角側の蒲生右兵衛太夫定秀隊の衝突で、戦いの火ぶたが切って落とされた。

 宇曽川を駆け渡った百々内蔵助隊が勢いのまま、噛みつくように蒲生定秀の強兵を襲う。

 両者は一歩も譲らず、揉み合いが続いた。


「六角が太鼓を鳴らしました」


 六角の第二陣、楢崎壱岐守と田中冶部大夫の両隊が突如、横槍を入れてきた。

 百々内蔵助隊勢が態勢を崩し、四散しかけた。


「アカン、いったん引かせるんやッ!」


 伝令を飛ばしたのに、すぐに入れ替わりの注進が入った。


「百々内蔵助殿より言伝です。『これは近江南北国衆の行く末を定める大戦である。その戦で儂らは重要な役目を承った。このまま退けば、儂らはどの面を下げて友肚に顔向けできよう。自儘を容赦願いたい』以上でござる」

「死ぬ気なんか、百々内殿ォ!」


「ご注進ンッ! 百々内蔵助殿、お討死ッッ!」


 詳細報告によると、蒲生家家来の結解十郎兵衛という者が一騎打ちを申し込んで来たらしい。

 一騎打ちは百々内蔵助殿が勝ち、結解十郎兵衛の首を取ろうとしたところで、結解家の郎党二人が主人に加勢して内蔵助殿の首を獲ったと。


「――なッ……グッ!」


 内蔵助殿。


「弔い合戦や、みんな。いまから総力で攻撃するよ、いい?」


 一瞬どよめき、「おう!」 と気勢が上がった。


「大野木茂俊殿と安養寺氏秀殿、上坂刑部殿たちは、六角の先頭部隊を死んでも食い止めて」

「殿はいかがされる?」

「わたしらは、全員で六角承禎の本陣に突っ込む」


 それは常軌を逸した無謀策らしい。また父久政に「ヤバいヤツ」って罵られるかな。


「行くぞ。ラッパを鳴らせッ! そういんっ、かかれえッッッ!」


 浅井の全軍は草野をえぐり、突き進んだ。

 兜首を挙げた六角軍は、崩れると踏んだ浅井軍が一塊になって押し寄せたので慌てて応戦しだした。


「六角承禎ェェェェ! 元父よッ、覚悟しいィィィッ!」


 友肚の国人衆が大軍を引き受ける中、浅井本隊はただ一つ、大将首だけを狙って敵陣に踊り込んだ。

 後陣でゆったり構えていた六角本陣は、まさか自陣が攻撃されるとは思いもしていなかったので大いに動揺した。


「大将首だけ狙えッ! 行けッ、行けッ!」


 わたしは魔力切れなぞ気にもせず、とにかくジャマ立てする目の前の敵への攻撃を繰り返し、一人でも多くの味方を敵陣の奥へ奥へ送り込んだ。


 兵らの狂乱怒号と交差し、太鼓の大鳴りが耳にはっきりとした震えを伝えた。


「六角、後退! 後退ッ!」

「追えっ! 追い果たせッ!」


 浅井の総勢は背中を向けた六角軍将士に噛みつき、食いちぎった。


 この戦いで六角軍は920人、浅井軍は400人の死者と300人のケガ人が出たそう。

 後日、なーこが江濃記って資料にそう載ってるって説明してくれた。

 六角側はともかく、浅井側はウソだ。

 亡くなったのは51人。ケガ人は84人。わたしが死なせ、ケガさせた人の数。

 自身で遺族と傷病者、全員の家を回ったから、これで合ってると思う。


 その後、浅井軍は犬上と愛知の2つの郡に駐屯し、実質支配下に収め、北近江の範疇を拡大させた。

 小さかった領国が急拡大し、琵琶湖の東方面に大きく勢威を伸ばすコトに成功した。


 それまで六角承禎の圧力に屈していた江北の国人衆は、こぞって浅井になびいた。

 戦国の世を生きるためには、強者を嗅ぎ分ける嗅覚を鍛えとかなアカンのかと、とても勉強になった。


「それも確かにございますが、何より殿のお人柄に惚れ込んだのではありませんか?」


 いやいやと思ったが、遠藤殿が真顔でゆーので返しもボケも出来ず、黙って恥じ入るしかなかった。

 定例の評定で父久政は「運が味方したか」と、相変わらず憮然としつつも、「まずは祝着なり」と、そのときだけは微かに口角を上げ、労っててくれた。

 正直、飛び上がりたいくらい嬉しいと思ってしまった。チョロイな、わたし。


 ――世にゆー野良田表合戦を契機に、六角氏は衰退していき、代わって浅井一党が天下に名を知らしめていった。


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