007 離反独立
まず、わたしがしたコト。
賢政の名前を捨てた。
これからは浅井長政を名乗ると決めた。
このことで、六角家からの独立を内外に公言する腹積もりだ。
そして、
「国人衆を束ね、北近江の盟主になるっ!」
評定の席でそう言い放った。
「ヤバすぎるぞ、お前ッ!」
父、久政が眼を剥く。
が、またもや遠藤喜右衛門直経殿が味方し、黙らせてくれた。
それからのわたしは意地になってアクティブ少年を演じきった。
手始めに遠藤喜右衛門殿を連れ、六角領との境界上にある肥田城主に堂々乗り込み、魔法使能力を見せつけ、それまでも六角のやり方に不満を抱いていた国人領主、高野備前守秀隆という人を味方につけた。
高野備前守は、その昔、父頼定が六角に従軍し、合戦で軍功を挙げて戦死してしまったのに、ちっとも恩賞がもらえず、結局所領も旧来のままやったんで、強い不信感を抱いていたそう。
そうゆーコトもあるのか、ってあらためてすごく勉強になった。
この当時の武士階級、特に国人衆はわたしの思う以上に御恩と奉公にデリケートで、目敏く利を追い益を掴むのにも貪欲で、何事にも打算的思考をもって突き詰める。
そのクセ、メンツを大いに気にする。大義名分を取り繕ったり、かかされた恥を倍にして返す、とかね。
その事を熟知していた遠藤殿の助言で説得に成功し、高野殿を味方に引き入れたんやった。
そして、六角承禎側だ。
かつて父と呼んだその男は高野備前守の変心に激怒し、兵を動員した。
間髪入れずに肥田城に攻め寄せた。
肥田城は、分類では平城にあたる。戦国盛んな時期に作られたにしては珍しい部類ながら、愛知川と宇曽川、ふたつの川に挟まれた要害の城やった。
この地形を逆手に取った承禎は、なんと城の下手一帯に長大な堤防を築く作戦を敢行。
両河川を堰き止めて城側に流し込むという暴挙に出た。
「これって……、秀吉の高松城水攻めみたいやん!」
独立宣言以来、わたしの味方になってくれた一部の甲賀忍衆が調査したところ、堤防はざっと1里(=4km)以上にわたっているとの報告やった。
あらためて六角承禎の経済力と行動力に震えた。
わたしはこんなヤツに戦いを挑んでるんか。
「いかがしましょうか? このまま手をこまねいていれば、せっかく味方になった備前殿が再び六角に降ります。そうなれば、国衆らの我が浅井への信頼はガタ落ちでしょう」
評定はわたしへの非難で大荒れになった。
特に久政は「ヤバイぞ、どうするつもりだ」と、わたしの首を締め上げそうな勢いで詰め寄って来た。
「すぐに兵を集めろ。可能な人数で後詰する!」
「バカ者! 水たまりが邪魔して兵自体が近付けんだろうが! ヤバいヤツめ」
チッ。
「あー。そりゃそうですね」
悩んでいる間にも、肥田城の水かさは増し、城中も水浸しとなった模様。
いよいよ真剣に危なくなった頃、天がわたしらに味方した。
ちょうどこの頃は梅雨どき。
大雨が続いたために、六角承禎の資力を尽くした堤防が耐え切れなくなり崩れてしまった。
溜まった水は一気に流れ去り、肥田城は元の堅固な姿を復活させた。
「よしッ! 浅井軍、進発やッ!」
「六角承禎も、大軍を率いて観音寺を出たそうです!」
決戦や。
北近江は死守する!
肥田城周辺は、両軍の兵らが押し寄せ、ふたたび混乱状態に突入した。
六角軍は愛知川を挟んで肥田城に対峙するかたちで野良田郷に陣取った。
一方のわたしらは、宇曾川を挟んで睨み合いの姿勢になる。
『野良田表の戦いか』
何気なくイヤホンを装着すると、チュートリアル・なーこの美声が鼓膜をくすぐった。
予期せん久々の感覚に「ひゃっ」とヘンな音を漏らしてしまった。
『――アレ? 今日は珍しく応答したの?』
独り言やった様子。わたしがゼンゼン応答しなかったせいだ。
でもわたしとしては、やり返したい。
「ウッサイよ。高みの見物オツカレ」
この頃にはわたし、魔法使会社に対してやや不信感を募らせてたせいもあり、彼女との会話にも嫌気がさし始めていた。じゃあ今日はナゼ話す気になったのか? と訊かれれば、うまく答えられない。
もしかしたらただ、自分のコトを理解してる誰かと【最後の会話】をしたかっただけかも知れない。
だって。
この戦いで命落とすかもしれんやん。
「申し上げます。六角軍総大将は六角承禎。自ら参陣している模様。第一陣、旗指物より、蒲生右兵衛太夫左兵衛大夫定秀、永原重興、池田景雄、進藤賢盛。次陣に楢崎壱岐守、田中冶部大夫、木戸小太郎、和田玄蕃、吉田重政。六角承禎は後藤賢豊とともに後尾に座っております。総勢2万5千余」
諸将がどよめいた。
あまりの数に言葉が出ない様子。確かに予想以上だ。
一方の浅井軍は、百々内蔵助、丁野若狭守、そして猛将として名高い磯野善兵衛が将を務め、先鋒隊を編成。これが5千人。
そんでわたし、大将の浅井長政、赤尾美作守清綱、上坂刑部正信、弓削家澄、今村掃部助氏直、安養寺氏秀らの率いる後陣が6千。
あわせると、総勢1万1千人。
「敵の半分か……」




