006 別離
翌朝、おさやのいる部屋を訪ねて絶句した。
新しく彼女についた侍女さんから「御方様よりお預かりしました」 と置手紙を渡されたんである。
慌てて読むと、丁寧な流れ字で、要約するとこう書いてあった。
昨日の久政様の言動を見て考えた。六角との決定的な決別を図るためには自分が行動するしかない。
自分が離縁されて実家に帰されれば、否応なく六角との縁は断たれる。
そうすれば、さすがの久政も覚悟を決めるしかないのではないか?
そう考えたようだ。
「アホか、それは早合点やッ!」
パニック状態になって城内を駆けずると、遠藤喜右衛門殿と鉢合わせした。事情を話し「一緒に探し、連れ戻して欲しい」って頼むと、彼は気まずそうに額に手を当て言った。
「それはきっと某のせいでもあります」
おさやは、わたしが尾張の織田信長から【於市姫との縁談】を持ち掛けられているコトを侍女から伝え聞いて寝付けないと、遠藤喜右衛門殿が呼ばれたとゆう。
「私が居ない方が賢政様の将来のためになりますよね」
そう言うので、
「あらぬ噂話に過ぎませぬ」
と断言し、その上で、「確かに六角に対抗するには少しでも多くの御味方が必要かも知れませぬが」と余計な一言を付け加えてしまったと膝を折り、額に脂汗を浮かべた。
それから、遠藤喜右衛門殿配下の人たちにも手伝ってもらって、小谷城周辺や街道筋を探し回った。――それでもなかなか見つからなかった。
「友だちになってくれたんとちゃうの?!」
苛立ちがだんだんと怒りに変わってきた。
それに第一、危ない目に遭ってないかって心配にもなってきた。
「クソオォォォッ! なんでや! なんで勝手に――」
「殿。――前を」
遠藤喜右衛門殿が差した方角に人影があった。
女性らしき人物が数人の供連れで固まっていた。
「おさや!」
「手の者がようやく見つけ、護衛の任に当たっております」
「もーっ! おさや!」
走り寄ろうとしたら、野太い腕で遠藤喜右衛門殿に止められた。
「近付いてはなりませぬ。御方様の望みでございます」
はぁッ? 何ゆってんのっ。
ふたりの距離が随分ある。しっかりとカオを見て話したい。
それなのに!
「……なりませぬ。御方様の心は変わりませぬ」
「ちょ……?! おさやッ! 行くなッ! 独りにすんなよッ!」
遠い先。
おさやがこっちに向かって一礼した。
深い深いお辞儀。長い長いお辞儀やった。
カオを上げた瞬間に彼女から大声が発せられた。およそ出の良い姫様から発せられたものでなかった。
「ハナヲーッ! 私たちは誰が何と言おうと、いつまでも友だちですよーッ! 何があっても、どんなときも、ずっと、ずっと、友だちッ!」
わたしの実名、ハナヲ。
この世界で唯一、本当のわたしを知ってる人。
……何ゆってんねん。
友だちが友だちを見捨てんのか? ゆってるコトがおかしい。
「近江国と浅井家の行く末はハナヲーッ! あなたに任せますーッ! あなたのためなら私、どんなコトだってできますわーッ!」
何を……。
いったい何を。
……。
ホンマ、ムカつく……。
息を吸い込んだわたしは、目いっぱいの声を張り上げた。
「浅井を再興しちゃる! 六角なんて粉砕しちゃる! 強くなって、立派になって、堂々とおさやの家に遊びにいっちゃるからなあぁぁぁぁ!」
約5秒の間の後、おさやは再び深々と一礼した。
同時に遠藤殿が平身低頭した。
「実は最初からこうしようと御方様と決めておりました。申し開きは致しませぬ。――それと言伝です。『観音寺城から小谷城までの駆け落ち旅、楽しゅうございました。ハナヲの言う新婚旅行、ちょっと理解できました。残念なのはあなた様がオナゴだったこと。友だち以上になりたかった』以上でございます」
わたしは言葉で返事する代わりに、おさやに両手を挙げ、大きく振った。それから深いお辞儀をして見せた。
「感謝します、遠藤喜右衛門殿。おさやを無事に実家に届けてください」
「無論、承知」
空気を読まない中天すぎの陽光が出しゃばり、遠望の湖水にギラギラをぶつけている。
徐々に見えなくなって行くおさやを眺めながら、視界をボヤかす眩しさに耐えた。
「……わたし。六角と本気で戦うな。おさやの覚悟を無駄にせんから。見とってな」
誰に伝えるでもなく、言い放ってから小谷城へ歩みだす。
さすがに重めの足をムリヤリ大股に振るった。