005 白眼視
ーー永禄3年(1560年)。
15歳になった。
この年の6月には尾張の織田信長が、東海一の弓取り、今川義元を撃破している。
わたしはこの頃一大決心をしていた。
六角が我らが浅井の居城、小谷城を狙ってんぞとウワサを聞いたからだ。と言うより、六角次郎右衛門督義治が割と大声で、集めた家来らに告げていたからだ。
「ようやく親父が重い腰を上げた! 戦の準備を始めろ。小谷の虫ケラどもを根斬りにするぞ!」
「では手始めに浅井の倅の首でも獲りましょうか?」
「バカモノ! この話はまだ内密だ。おそらく数日のうちに評定の場で親父から宣言があろう。それまでは手出しはするな」
「え? しかしながら、もう戦支度を始めるんですよね?」
「だ〜か〜らぁ、こっそりと準備するのだ! いいな!」
うーわ、見事なほど筒抜けの丸聞こえ。
しっかし、このままじゃ織田信長に対するどころか、浅井家の命運だけでなく、自分の命さえ危ういな。
こうなったら陣触れ前に行動するしかない。
幸いって言うと語弊があるけど、初夜の一件以来、おさよのお父さん、平井加賀守と斎藤義治の間がギクシャクしてて、今の密談から彼はハミゴ(=仲間外れ)にされていた。
そこで、おさやの機転で父親にアポ取りし、おさやの実家近くの寺に法事に参るとかの口実で、観音寺城から抜け出すコトにした。
ちなみにわたしは賢政のままってワケにもイカンので、おさやの護衛兼侍女に扮するってコトで落ち着いた。
この作戦とも言えない作戦は、拍子抜けするくらいあっさり成功した。
その後は語ると長いので紙面の都合上、手短に。
おさやと行動しているのに配慮せず、近江佐和山城の偵察をしてやろうと欲をかいてしまい、あげくに捕まりかけた、とか、おさやをお姫様抱っこして逃げたんで妙な空気になったとか、和田山城で待ち伏せ兵に囲まれてピンチになった、とか。
そのときは相手を払いのけるため、おさやが見ているにも関わらず、持ち前の魔法使スキルと甲賀忍訓練で得た術をひけらかしてしまったり、とか。
最終的には鎌刃城城主の堀次郎秀村に保護されて、隊伍を組んで本拠地小谷城に帰還できたんやった。
そして早速わたしは父との面会に臨むと、六角家が抱く野望を洗いざらいぶちまけた上で、「浅井が独り立ちするのは今です!」 と、熱弁を振るってはっぱをかけた。
ところが、である。
「言いたい事はそれだけか?」
「……は? ……それだけ、とは?」
「バッカもぉぉん! 何ゆえ、勝手に帰って来たのだ!」
そのときになってわたし、ようやく気付いた。
こっちの世界に来てから、この浅井の父親、浅井久政さんに会うのは初めてやったと。この人の、人となりをゼンゼン把握していなかった。
横に侍るおさやは、すっかり震え上がってしまって、人前なのにわたしにしがみついたまま俯きっぱなしになった。
父、浅井久政とゆー男は、長年、六角への臣従心が染みついていた。
親会社の言いなりになるしかない零細下請けの町工場社長そのままの性分になっていた。
久政は、六角の下で安泰に過ごせればそれで充分という考えだったので、あくまで「六角あっての浅井だ」と、独立独歩を主張するわたしの意見を端から突っぱねた。
どころか、「浅井を陥れるヤバいヤツめ」と痛罵された。
それでも浅井賢政ハナヲとしては、魔法使会社アステリアの指令を遂行するため、そしてまた、浅井家家臣一同の未来のために、独立は断行するしかないっ。と、逆に奮起した。
ホントは父親なんやし久政きゅんのカオを立てたかったし、何と言っても危ない橋なんて渡りたくなかったし、おさやとおさやの実家のコトもある。
思い留まらなきゃなんない材料もいっぱいあるかもやけど、ここにきて、それまで大人しく控えていた家臣の一人、遠藤喜右衛門直経さんがガバッと立ち上がった。
「やりましょう大殿! 自立しましょう若ッ!」
それでも、久政は、頑なに首を振ったんやった。