004 初夜の変
新妻のおさやに逃げられたわたし。
仕方なく独り布団に潜り、今日は色々あったなぁ……と反芻していると、隣りの間でくぐもった声が聞こえた気がした。
んな?
気のせいか?
身を固くして聞き耳を立ててみる。
と、「厭っ」とか、「赦して」とか、聞き捨てならない微かな悲鳴と共に、物がぶつかったり衣擦れの音が被さったりした。
物音がするのは、おさやの寝間からだ。
「おさや!」
ガタガタッ!
遠慮なく板戸を開ける。
そしたら。
「なんだぁテメエ? いい所なんだからジャマすんじゃねぇ!」
「お……オマエ、バカ息子ッ?! そ、そっちこそ、いったいナニしてんだっ?!」
「はぁ? ブッ、ブッハッハ! 見たら判んだろっ、不甲斐ない旦那の代わりに俺様が浅井の種を仕込んでやろうってお慈悲じゃねーか、バーカ」
「たっ助けてッ!」
おさやが必死に手を伸ばし、すがる。その目は本気で怯えていた。
白い肩や脚がはだけるのも構わずジタバタと、狂乱じみた抗いに喘いでいる。
義治のゴツイ手がそれを押さえ、ムリヤリ封じ込めている。
「――さっき、わざわざ先にお披露目式をしたのは何故だか分かるか? 俺様に新婦の品定めをさせるためさ。親父もなかなか粋な計らいするじゃねーか、な?」
「な、なんやと……?!」
「よく考えてみろ。この娘に男のガキが生まれりゃ、必然的にそれが浅井の跡取り候補になる。なおかつそのガキが六角の血を引いてりゃ、万々歳だろが? 浅井にとってはお家安泰、六角にとってもムダな争いなく浅井領が手に入るって話だよ」
最後まで聞いてられなかった。
ブチきれた。
とことんブチきれた。
平素、わたしは魔法使であるコトをおくびにもひけらかさない。つーより、むしろひた隠しにしてる。なぜなら気味悪がられるし、第一、正体がバレ、回り回って信長に知れ渡る恐れもあるから。
でもこのときは我を忘れた。
「おい、次郎右衛門督。いーやアホンダラ息子! アンタ、どーもケンカを売ってるっぽいなぁ? ……それやったらえーで? 売られたケンカはぜーんぶそっちの言い値で買い取ったるわ。……もしそのまま、おさやにくっついて離れんかったら、それがケンカ上等の合図やってパチキ入れたるかんな!」
「……あーん? 何だぁ?! ――うッ?!」
わたしの全身が赤く明滅してるのを認識したんやろ。
あまりの不気味さに凄みかけた義治が息を呑み、たじろいだ。
「去ね」
「な、何だと……!」
「……目障りや、ゆーてんの」
「……くっ」
六角次郎右衛門督義治は動きを止め、しばらくこっちの様子を見ていたが、覆い被さっていたおさやから離れると、ゆっくりと立ち上がった。ここまで、動じない素振りを見せながら、その手足が小刻みに震えているのを、わたしは見逃さなかった。
止めの一言を付け加える。
「承知してると思うけど念のためにゆーとく。今後もっかい同じような仕出かしをしたら、そんときはイテこまされる覚悟をせなアカン時やで。えーな?」
「……チッ。ウルセーよ」
義治が去った後、おさやがしがみついて来た。
「うわーん」
「……やっぱ、一緒に寝る?」
「……は? ……え? ……その……」
「どうする?」
「一緒に。……寝ます」
ここでようやく、今日一日乗り切ったぞ! って安堵できた。
そうして。
一緒の布団に入ってからは、眠れなくなったっぽい彼女にとことん付き合った。
どうも話を聞くと、彼女の父親、平井加賀守って人、普段は大人しいのに酔っぱらうとなかなかなDV夫に化けたようで、その度に母親が折檻されてるのを覗き見ながら育ったらしい。
やから、オトコとゆー生き物をこの上なく忌み嫌ってたんだそうで。
え?
わたし?
わたしはぁ……どうも、人畜無害認定されたらしい。
何故なら即バレしちゃったんで。
同衾する前、しがみつかれたときの不可抗力で、胸の感触を知られ。
いやぁ、なけなしやったんやけど、(貧乳で悪かったなっ)違和感を感じた彼女が思わず「女の方?」 って聞くもんでつい、素直に「はい」って答えてしまい、気付かれちゃったって塩梅っす。
結果的にはそれはそれでオーライってわけで、一気に彼女の警戒心が薄らいだ、というワケでした。
「ずっと黙っててあげますよ? 私、口固いですので」
「あぁ、アリガト」
お願い。その小悪魔な笑顔やめて?