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【完結御礼】社内ニート女子、戦国時代で社長する?! ~ 浅井家の殿として織田信長と戦います ~  作者: 香坂くらの


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039 トリック


 正午すぎに始まった岐阜城大広間の酒宴は、未の刻になってもまだ続いていた。

 織田家家臣団はすっかり酔い痴れている。

 彼らは、我らが春を予期して舞い上がりつつ、それぞれの気概に夢膨らませていた。

 その大輪の中心にいるのが、織田弾正忠信長からあれほど賞賛された人物、浅井討伐の立役者、羽柴筑前守秀吉であるのは旧来の重臣らでさえ否めない事実だった。


「なるほど勉強になるわい。このような敬意の払い方もあるんじゃのう」


 ふらりと上座に近付いたのはその羽柴筑前守秀吉だった。

 そこに据えられた薄濃のドクロを恭しく捧げ持つ。

 金色に輝くのが浅井久政、鈍い銀色の光を放つのが朝倉義景の頸、だった。


「――にしても、肝心の浅井備前守の頸はついぞ見つからなかったのは残念じゃのう」

「爆死したものは仕方あるまいぞ」


 弟の小一郎秀長が真面目に返したので「分かっとるわ」と小さく舌打ちをする。


「藤吉郎殿、いかがした? それには余り関わらん方が良いぞ? 縁起が良いとは思えん」

「小六か。いやな、浅井備前守長政は本当に爆死したと思うか? 儂は――あぁいや。何でもないわい。にしても、これからますます励まねばの」

「はぁ、突然どうしたのだ?」

「儂のようなお調子者はつまづきひとつで大コケする。常に自らの足元に心を砕かねばのうと、柄にもなく物思いにふけったわけじゃわ」


 羽柴筑前は肩をすくめ、大広間を見渡した。


「はてさて、小一郎。上さまはいかがした?」

「上さまなら、先ほど厠に立たれたが?」

「厠、のう。それにしてもずいぶん経つぞ? 食べ過ぎか飲み過ぎで籠城でもなさっておいでかの。ククク」


◆◆


 自邸に戻った羽柴筑前と小一郎秀長が、先に訪ねていた竹中半兵衛と、新造した茶室で膝を付き合わせていた。

 半兵衛の横には堂々とした上背の青年武士が鎮座している。

 半兵衛に紹介されると秀吉らにスッと会釈した。


「この御方は織田弾正忠上総介三郎信長さま、つまり、上さまのご子息です」

「はあ? 生駒吉乃殿の?」


 信長の子だと言われ、小一郎が猜疑心を隠さず噛みついた。


「何を申しておる。上さまの御子は三介信雄さまと三七信孝さまのみであろうが?」


 だが半兵衛が静かに首を振ったので「本当か?」と、再度その青年を吟味する目つきをした。

 筑前が恐る恐る「もしや」を口にする。


「では、その御方が織田勘九郎信忠さま……と申すのか? 俄かには……」


 いいや。

 言われてみれば、目鼻立ちがそっくりな……気がするのだった。

 何よりも、()()()()の信長が持たせたとされる刀を持っていて、


「その刀……貞宗の銘が入っておるが、これは【星切太刀】を素材とした脇差か? もしや、特別に設えたものなのか?」

「だとすると、余りにあざとすぎますか? 確かに本物と思わせるための謀かも知れませんね。わたしの話を信じるか信じないかは、羽柴筑前守さま次第かと」

「試すような物言いをするな、半兵衛。――で、儂にどうせいと申すのだ、きさまは」


 ――半兵衛は異界から来た者。織田弾正忠信長と同じ身の上だ。

 筑前は織田の上さまから打ち明けられ、前々からその事を知っている。

 だからこそ彼を特別扱いし、彼の言葉を信じ、可能な限り言う通りにして来た。

 今日の自分があるのは半ば彼のお陰……だとは思いたくなかったが、事実その部分は大きいと認めていた。


 羽柴筑前守は竹中半兵衛の様子から、この目の前の青年が「ホンモノの信長」の子だと得心した。

 額に汗粒が噴き上がった筑前は小一郎と、アイコンタクトだけで相談し合った。


◆◆


 ちょうどその頃、ホンモノの織田上総介三郎信長は、明智十兵衛光秀によって京四条堀川の本能寺から連れ出され、堺の豪商、津田宗及(つだ・そうぎゅう)が用意した邸宅に匿われていた。

 依然、記憶は失ったままだった。


 十兵衛が津田宗及へ宛てた、屋敷の提供への謝意と信長の近況を尋ねた書簡の返信を、竹中半兵衛を通じて入手した羽柴筑前守秀吉は、まだ半信半疑だったが出所を頼りに堺の邸宅を見つけ、ついに信長と再会したのだった。


 随伴していた小一郎秀長は自重したが、粗忽さが表に出た蜂須賀小六があけすけな発言をした。


「姿かたちは似ておると思うが、織田弾正忠様とはまったくの別人じゃぞ? 幾らホンモノであろうと、連れ戻したところで何の役にも立たぬのではないか?」


 立場上「無礼を申すな」と小六を叱りつけた筑前も同感だった。故にその口の端にはべっとりと笑みが張り付いている。


()()()殿()の時代は終わったということよ。のう、小一郎?」

「……正気か、兄者」

「もはや織田家に繁栄をもたらす柱は要らんのじゃ。これからはお飾りでじゅうぶんに事足りる。羽柴家のためにものう。そうであろう?」

「兄者……もしかして織田を乗っ取る気きゃ?」


 弟の、思わず出た田舎弁の狼狽に目を細めた筑前は、手入れの行き届いた畳の間から中庭を窺った。

 商人たちを相手に、野点で茶を嗜んでいる信長の涼やかな所作が見えた。


「……小一郎、小六。十兵衛と半兵衛を見張れ。いずれヤツラには消えてもらわねばならぬでな」


 羽柴筑前守は津田宗及から織田上総介三郎信長を預かり、近江長浜城に連れ帰った。

 そして於市と引き合わせ、自らと部下らにも様子を観察させた。


「あの青年は亡き生駒吉乃殿の子ではない。恐らくは織田上総介と於市との子じゃ。そんな噂は流れておった」

「歳が合いませんが?」

「尾張時代にふたりが出来ておった……としても合わんが、そんな事はどうでも良い。要は神輿役に成り得るかどうかじゃ。邪魔ならば消したらよい」


 羽柴筑前守秀吉は、明智十兵衛光秀の有力な支援者になり、於市を敬慕する柴田権六に「於市さまのお立場を堅実にするため」と説き伏せて味方につけた。

 柴田は弾正忠信長がニセモノであった事は明智から聞いていたので、つまり青年、織田勘九郎信忠は、弾正忠(ニセモノ)と於市との間に生まれた子だという風に解釈していた。


 柴田は羽柴筑前と明智十兵衛に与して、信忠の存在を織田家筆頭家老の佐久間、林にも認めるように迫った。


 翌年、元亀2年の明けには、覇気の無い織田上総介三郎信長に代わり、織田勘九郎信忠が、織田家の新当主として家督を継いだ。


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