003 政略結婚
永禄2年(1559年正月)。14歳。
わたしの元服式がおこなわれ、六角承禎の偏諱を受けて賢政と名乗るコトになった。
当時、目上から一字を与えられることを「一字書き出し」や「偏諱」と言い、つまりは「お前はオレ様の家臣だかんな」「はい。ご主人さま」などとということを、内外に宣伝するコトを意味している。
同日、六角承禎の部下で六宿老の一人、平井加賀守定武って親父さんの娘、おさや(12歳)と結婚式を挙げた。
マジか。14と12の夫婦?! なんて時代や!
つか、このままやとわたし、女子ってのがバレるやんかー!
対面に座る娘をチラチラと見る。
怜悧なお姉さん顔で目がくっきりと大きい。それとは対称的に、体つきは圧倒的に幼い。華奢を通り越して完全に幼児のような体型である。
わたしも大概、貧弱スタイルやが、それ以上にひ弱すぎる。
これは……全力で守ってあげなければ。
可哀そうに、親が決めた見ず知らずの相手とムリヤリ結婚させられて、しかもガチ政略結婚やし。
わたしの実家の浅井家、親や家来たちはいったいどー思ってんやろか。
将来の跡取りが従属の地でひっそりと結婚させられて、ますます奴隷化が進んで。
そーいや。
ふと思い出したけど、三河の徳川家康。この頃は松平なんちゃらとか名乗ってたかなぁ。
確か彼も、人質先の今川家で嫁さんもらってたっけな?
すなわちこんな境遇ってこの時代じゃフツーのコト? とゆーコトはわたし、どうにか順調に戦国時代に溶け込めてるってコトかい?!
嫁になる娘を再度眺める。
決めた。
キミはわたしが幸せにしたげるからね!
「オヤジ。猿がヨメなんて、生意気じゃないすか?」
「エテ公では無い。猿夜叉だ」
いや。元服したんで猿夜叉でも無くて、賢政なんやけどね。それ、あなたがつけた名前なんやけどね? しかもエテ公とまでは流石に言われなかったよね?
「とにかく目出たい。小谷の左兵衛尉殿(=浅井久政)もさぞや喜んでおろう」
「はは。そうですね」
空気を読んで平伏。
実際には久政からは、わたしが惨めな思いをしない程度のささやかな祝い品が届いただけやった。悔しさや腹立ちを暗に匂わせてるようにしか感じない物やった。
「さてと。夜も更けた。お披露目の儀はこの辺りでお開きとしよう。後は当人同士、誓いのサカヅキを交わすが良い」
六角承禎以下、一門衆や重臣たちが座を立った。最後までわだかまっていた義治もフンと鼻を鳴らし部屋から消えた。
えーと……。
ふと困った。あまり脳を動かしてなかったわたしは、この期に及んで狼狽えた。
どーすんの、この状況。
部屋に女の子と二人きりになっちゃったぞい。
まず頭に浮かんだのは、女であるコトがバレる事。これは俄然阻止しなきゃダメ。
次に、この子。何もしないならしないで恥をかかすんじゃないか? とゆー心配。
まごまごしていると女の子、おさやの方から一発かまされた。
それは、あまりに思いがけない一言やった。
「あーあ、うっざい。なんで私がこんな冴えない殿方と夫婦の契りを結ばなきゃならないわけですの?」
「……へ?」
「あれ? 痛烈に罵ったはずですのに。もしかして、言葉通じない?」
「……は?」
「うーん。ひょっとするとこの方、東夷だったのかしら……?」
わたし、ひょっとしてひょっとすると、まさかの暴言吐かれてる? と、やっと理解。しかしわたしは大人。寛大に対処。
「お、おさやさん、とりあえずこれからよろしくね?」
「ひっ。ちょっとぉ、近づかないでくださいます? 落ちぶれた家系の怨念が伝染ってしまいますわ」
おいおーい。それどーゆーイミじゃあぁぁい?
ちょっとチュートリアル・なーこ! 解説してよっ!
……――あ、そーか。あの子3連休でディスティニーランド旅行行くって言ってたっけ。「あなたの初夜の儀式なんかに付き合ってたら一生えづく」とか何とか、ボロッカスひどいセリフ残して旅立ったっけか……。
「言い過ぎでしょう、それは」
「そんなこと、ないっ。お父上がそうおっしゃってたんだもの。『どうせ浅井家は、そのうち六角家に呑み込まれて消え去る』って……」
「ゴルァ、いい加減にしろッ! ……はっ?! ご、ごめん」
つい怒鳴ってしまった。せいぜい小学校中学年ほどにしか見えない子が、完全にビビリまくってる。
強気で生意気な態度も、ビビリ隠しのただの虚勢張りやったのかと、ここでようやく気付く。
このままやと最悪泣かしてまうかもしれん。
「えーと……。サカヅキ交わすんはさ、またにしよ? 今日は疲れたやんな、もう寝ちゃおう?」
「私、私……! えーんっ!」
「あっ、な、泣かしてしまった!」
突如ダッシュした花嫁は着物着のまま部屋から飛び出そうとした。
どうにか通せんぼして阻止。
「分かった分かった。じゃあ布団離してさ、……あぁ、いや、別々の部屋で寝よう。ね?」
なだめまくった。
ギロギロと睨まれながら、和解案を探る。「うー」とオオカミか犬みたいに唸る彼女。
しばらく緊迫の時間が流れ、やがて「コクリ」と頷かせるのに成功。
こちらが折れて別室に行こうとすると、とっとと彼女が発ち、隣の間に消えてった。
「あぁ……シンドい」
暫時そのまま、おさやの消えた方の部屋を眺めた。
そしたらドッと疲れが押し寄せたんで、床に潜り布団をかぶった。
「もしオトコやったら。……こーゆーときってどんな気分になるんやろ」
初夜に花嫁に悪態つかれて拒否られるんやで?
きっと。
涙で枕がビチョビチョになるに違いない。
女で良かったと心底思った。