020 金ヶ崎の攻防1
――永禄から元亀に改まった4月。(1570年)
室町幕府第15代将軍、足利義昭が担がれた。
ギョロ目で高身長・痩せすぎの彼が、各地に威勢を張る戦国大名たちに上洛をうながした。……コトにされた。
上洛ってのはつまり、「日本一偉いオレ様のところに挨拶しに来い」って意味で「あなた様が将軍です万歳」と諸侯らに頭を下げさせる、ひいては将軍宣下に貢献した織田弾正忠信長の栄えある功績と、将軍後見人たる地位、もっと言うと【信長の天下】をその者たちに認めさせる機会ってのになる。
後に言うところの「足利の名を借りた織田による、天下静謐権の行使」って話になるらしい。
んで、そんなような上洛要請を見事にスルーした朝倉と若狭の国衆に対し、「無礼なり」と将軍に言わせるカタチで信長が「んじゃ討伐してきまっせ」と、京から3万もの軍勢を催したのがその後の経緯。
その中には逆に上洛要請に応えた摂津国守護の池田とか、三河の太守徳川家康なんかも混じっている。
つまりは大義名分とやらを得た織田軍は、足利幕府の正規軍としての態を保っていたのであった。
ちなみにつけ加えると、あの本能寺の変を引き起こす予定の明智光秀なども、幕府奉公衆として先発隊に加わっていたほどやった。
信長公記によれば、織田軍は琵琶湖の西側を北上。近江坂本、和邇、高島を経由し、現代の国道27号線(=ほぼ丹後街道と合致)から、若狭と越前の国境に位置する佐柿という地名にある堅城、「栗屋勝久の城(=国吉城)に着陣した」とある。
が、実のところは浅井領の中心部、長浜や小谷の城下を押し通りながら北伐軍を進攻させやがった。
つまりは庭先どころか浅井家の家の中を通って、最短距離で越前朝倉の家に向かってるカンジ。
その後は、余呉という場所で一夜を明かしたそうで。
これもちなみに、となるけど、余呉のあたりは後に羽柴秀吉と柴田勝家がぶつかった賤ヶ岳の戦いの舞台になった場所に近い。
いまはどーでもいい。
で、そんな官軍気取りの織田軍に、わたしら浅井は一兵たりとも同行しなかった。
わたしは端から堂々と信長に「反戦、和戦」を諭し、支援不可の態度をとったんである。
それに対しての信長の返事が今回の小谷城下の【見せつけ行軍】なんである。
わたしらは歯噛みするしかないまま、ヤツの不遜な態度をやり過ごしたんやが、翌早朝「浅井久政、ご乱入」の報が飛び込み、わたしはビックリ仰天したんやった。
『久政の動きに、織田方の大半はまだ気づいてないわね』
「なーこ。それって、どーゆーイミ?」
『久政は六角とも結託して隠密部隊を編成してるっぽい。前線将校たちの暗殺をおこなって、織田軍の後備が混乱するのを狙ってるのよ』
たった50で斬り込んだって暴挙とも取れる作戦の詳細がそれか。
しかも久政は自身が浅井の手の者だとは分からなくするためもあって、あえて六角の指揮下に甘んじてるんだそう。
『暗殺隊を指揮してるのは、六角次郎右衛門督義治』
うわー。アイツか。元イジメっ子の、丸縁メガネの浅黒マッチョヤロー。
『そして裏で手引きしてるのは……松永弾正久秀』
うーん?
松永弾正か。フーン、なるほど。
部屋の入り口で、赤尾専務と遠藤執行役がわたしが出て来るのを待っていた。
「社長。いかがしましょうや?」
「そーだね、遠藤執行役は磯野常務たちに連絡し、各支城から選り抜きの兵たちを小谷に呼び集めて。――赤尾専務。小谷の城は頼みます」
「何を申される! 儂らもお供しますぞ」
「それはダメ。ここはわたし一人で動く。その方がいざってときに融通が利く」
織田軍には魔法使が複数いる。
その者たちの力は先日見ての通り。
魔法使には魔法使をぶつけるのが一番や。
「わたしの目的は久政会長の救出。それから織田弾正忠信長の捕獲や。戦ちゃう」
「恐れながら、その考えは甘もうござる。死を招くばかりですぞ」
「いや別に。わたしは多分死なん」
だって。
わたしはきっと強い。
「あ、そうそう。ヨメズたち(=於市とおさや)には適当に誤魔化しといてな。わたしは京に用事で出掛けたって」
「ご無体な。それは虚言ではござらぬか」
「んじゃ、いいや。せめて知らん存ぜぬの一点張りで。お願い」
◆◆
逐一状況を報告してくれていたチュートリアル・なーこの音声が途絶えていた。
わたしもいちいち応答する気が湧かなかったんで、丁度良かった。
そう思ってたら低音ボイスが聞こえた。
北へすでに2キロほどは進んでいたろうか。ずっと黙々と歩いていたので不意の声は心臓に悪い。
『頑固というか……バカというか……。面倒見きれないわね』
「ウルサイよ。わたしは自由人なんや。自分の後始末は自分で片づけるし」
心配してくれてんのは分かってる。いっちやおさやのコトを気遣ってんのも痛く分かってる。
それでもわたしは、やると決めた以上、決めたコトをやる。
会社とか職務とか、もうそんなのどうでもいい。自分が決めたコトをするだけ。
『でね、部長が……』
「はーん? どこの、なんてゆー部長や? モンクあんなら人づてに言わんと直接自分の口で言えって、ゆーて! 前にも、そーゆった気がすんで?」
『浅井ハナヲ!』
ん? 聞きなれん声。
『部長はハラスメント事案で免職したわ。専務が直接指示する事になったのよ』
「……は? 部長が?」
ま、どーでもいい話やな。
『浅井ハナヲ君。返事してくれ』
「専務? わたし今、忙しいんですが」
『我々が悪かった。長年キミを見捨てていた。何でも言ってくれ。出来る限りの支援をする』
何をいまさら。
旧北國街道の登りがきつくなり、息が乱れた。意地になってたわたしは逆に歩幅を大きくした。
「じゃあ、ひとつだけ。――第3研究室。そこの研究員さんと話をさせていただけますか」




