013 イチとの関係
――永禄11年(1568年)を迎えた。
わたし、23歳になった。
人生2回目の二十歳越えを経験。
ちょっぴりだけ感慨にふけった。貴重な経験をさせてくれたメルモ玉とその開発者に感謝。
さて、於市姫……いまは「いっち」「ハナヲ」ってお互いにオープンに呼び合う間柄になった姫やが、そんな彼女との暮らしも気付けば7年目に突入していた。
その間、ケンカしたり仲直りしたりを繰り返し、すっかりパートナー……んー、ちゅーよりも、親友? うーん、あるイミ戦友みたいなカンケイに落ち着いてて。
いっちはどー思ってんか知らんけど、わたしには無くてはならん、かけがえのない人になっていた。
【赤毛のアン】って文学小説あるでしょ? それに出て来るアンとダイアナ。
そんなカンジになれたらいーなーって。腹心の友ってやつ? スゴク素敵でいーよね。
そんないっち。
初めての出産で男児を産んでいる。
幼名は【万福丸】。すっかりナマイキっ子に育ってる。
ただ、母親とは少し違い、彼はひとつのコトに熱中しちゃうタイプのようで、今は剣術にドップリ。
朝から晩まで師範を相手に棒っ切れを振り回している。
わたしはあんまし剣術の何たるかは分からず、彼のハマりようがイマイチ理解できんのよね。
多分それはいっちも同じで、さらに彼女は飽き性なので、我が息子の一途ぶりをタメ息交じりで眺めてる今日この頃。
「まだ5才なのになー。そんな武士っぽい子にならなくてもさー」
「……あのさ。前々から聞きたかったんですが」
「ですがって。ナゼそんな改まった言い方するのさ? 何かハナヲの癪に障るようなコト言った?」
うーんとね? 強いて言えばそれ。その話し方とか。
「いっちさ。万福丸は誰の子なん?」
あなたの子だよ? とか、そーゆー社交辞令くさいボケはいまさら必要ないからね?
「あー。言ってなかったっけかな。織田信長の子だよ?」
「――お……織田……ホントなん?」
「あー……違う違う。ニセモノでなくホンモノの方。織田三郎信長。ボクの実兄」
「実兄……!」
わたし、そのときどんなリアクションしたんやろ。
万福丸と於市姫とを交互に見て。思考停止。
「それよりさ」
いっちが話題を変えたんで、我を取り戻したが。
本当はもうちょっと事情を聴きたかった。でもそれ以上はナゼか怖くて聞けなかった。
「ハナヲはどうして関西弁なの? 教えてよ?」
「そりゃ、両親が……っと、あー、えー……」
わたしが戦国人に成りすましの未来人っての、まだ話してなかったっけなぁ。
「それは知ってるって。ハナヲもニセ信長と同じ、未来人なんでしょ? ……だいたい、浅井家の当主が女の子で、本来の浅井新九郎備前守長政が男だって、ボク分かってるのに騒がないでしょ?」
「……あぁ」
「遠藤喜右衛門殿くらいじゃないの? あなたの正体知ってるの」
いっちが金平糖の入った包み紙を差し出した。お互いひと粒ずつ取る。
フッと白い歯が覗いた。あぁ優しい笑顔だな。
いつもはセンシティブな話題に遠慮気味のクセに、今日はやたらお互い踏み込んでるし。
……そんなカンケイ、イヤじゃない。
「……まぁ、……うん。そやね、話すね。――わたし、もともとは魔法使ってお役目に就いてて。一種のまやかし術で浅井新九郎備前守長政に成りすましてんの。それと方言は、16まで大阪にいたから。……あ、大阪ってのは摂河泉のコトで、えーと……正確には河内国かな。そこにいたから、こんな話し方。……で? そーゆーいっちはどーなんよ? そっちも話し方が大概、ヘンやし」
「ボク? ボクはニセ信長の影響。……アイツ、人の気を引きたいのか、割とペラペラ話すんだよね。自分の事や、未来の色んな話」
「どんな? 自慢話とか?」
「ま、自慢話も含めて。未来じゃ、女性はもっと自由な生き方してんだぞ! とか」
「だからなの? いっちがボクっ娘なんは?」
「ボクっ娘? えーどうだろ。なんかこの話し方、しっくりくるの」
バァンと師範の剣が鳴った。
万福丸から一太刀喰らいそうになり、とっさに剣で受けたから。それまでヒラヒラかわしてたのに、避け切れなかった様子。
「あの子、天才だね」
「いっちの子供だもんね」
「引っ掛かるな、その言い方。ボクたちふたりの子だよね?」
「ごめんごめん。やね。そーやね」
ポリ、ポリといっちの口の中で金平糖が砕けた。
「いっちさ。ぶっちゃけ久政と気が合わないよね?」
「あー……それはまぁ、気にしてない」
義父浅井久政が主家の朝倉家を気にし、生意気な田舎侍の妹、織田家から来たヨメを疎んじている。
そんなヒソヒソ話はしょっちゅう侍女たちから聞かされていた。
やれ作法がなってないだの、教養や素養がないだの、あげくに女性にしくないだの。行儀作法から日常の立ち居振る舞い、言動をいちいちあげつらうのは、息子の嫁に辛く当たる姑に匹敵すると日頃から感じていた。
「こないだ、「もう実家に帰って良いぞ」って言われたっての、ホントなん?」
「あーまー。ニュアンスは「岐阜の兄に会いたいか」って。会いたくなんて無いから「いいえ」って答えたら、「可愛げのないヤツめ」って」
「そう言えば」
「ん? そう言えば?」
「――あ! いやぁ、うんん。何でもないよー」
「……ナニソレ」
言いかけて止めるのはキライ。
言いたいコトがあるなら、ハッキリゆってくれ。
でもゆってくれなかった。
ちょっとだけ遠い目をして空を眺めながら、金平糖を口に入れただけやった。
アカン。
これは、何としてでも聞き出したいっ。




