011 弾正忠とその妹
「魔法使か。何をしに戦国に来た?」
初めて挨拶したとき、いきなりこう切り出された。
余りの驚きに、わたしはボケッと口を開き、しばらく凝固してしまった。
のっけからバレた……!
初見から、互いに抜身の剣を構えての対峙。
そんな感覚を覚えた。
左右を見渡した信長。すると主人の意を察したのか、織田の供衆がしずしずと退席した。
眦を決し、わたしも負けじと家来らに目配せする。不安げな表情を浮かべつつ、仕方なく彼らも腰を上げる。遠藤喜右衛門殿もその中に交じっている。彼は特に厳しい顔つきをしていた。
広間に二人きりとなった。
外で、か細げな鳥の啼き音。フクロウやろか。
信長が送った目線の先を辿る。【ある1点】に注がれているのに気付く。
――それは赤紫鈴という代物。わたしの握った手にすっぽり隠れるほどの大きさ。
そう、それはただの鈴。しかし特定の者には、かけがえのない大切な物。
カンタンにゆや、【魔法使の証】。認められた者だけが持つ、有技能者のシルシ。
魔法使は皆、御守り代わりに持ち歩いている。わたしも普段から衣服に結び付け、ぶら下げている。感覚的にアクセサリーの類と変わらない認識でいる。
慌てて袖の奥に隠したが当然手遅れ。
それを見咎められたとゆーコトで、大一番の場で最悪のチョンボ(=しくじり)をしてしまった。
「――これは。……わたし、あなたと目的を同じにする者です」
「ほぉ。お前も歴史を変えたいと?」
「そんな大それた望みでなく。単に自分を変えたいと。堂々と胸を張れる自分になりたいんです」
「それで、会社を逃げ出してきたのか? オレが開発した転移装置を使ってか?」
ヤツの目が「スッ……」と細まり据わる。品定めするような、疑っているような目。
「あっちの世界で、わたしはお荷物でした。ヤケになってこっちの世界に逃げ出しました」
結果的にウソはついてない。
「オレが誰かは知っているのか?」
「ええ。少し前に知りました。わたしより一足早く、こっちの世界に跳んだ魔法使がいて。その者から聞きました」
「ほう。で、ソイツは?」
「六角承禎との戦のときに、流れ矢に当たって死にました。気の毒な事です」
「死んだと……?」
これは完全にウソ。
疑っているのか信じたのか、信長が作った表情からはどっちなのか、読み取れなかった。
「於市の件、受けてくれるな?」
わたしは返事をせずに信長に近寄ると、持ち上げた徳利を彼の盃に傾けた。
無言で睨む彼の背中は遠かった。
◆◆
「オナゴとはバレなかったよ」
「ヤツとはいかな話をされたのです?」
「於市姫を娶ることに決めた。今の状況で織田を敵に回すわけにはいかない」
「ですな。油断のならない相手です」
遠藤喜右衛門殿もやっぱり、織田弾正忠上総介三郎信長という男を【要注意人物】だと断じた。
「儂には織田の心中が計れませぬ。さきほど織田の手の者と思われる間者らが本丸に侵入し、うち1人を斬り捨てました。残りは取り逃がしましたが、間違いなくヤツらは城中を嗅ぎまわっておりました」
「そうなんか?」
「とにかく得体が知れませぬ。尾張に帰せば必ずや禍根を残しましょう」
確かに得体は知れん。
アイツは元同僚やねん、とも言えん。
わたしも遠藤喜右衛門殿の言う通り、あの男は抜け目ない要注意人物やと思ってる。
「幸い、ヤツは少数で懐に飛び込んでござる。討ち取るのは容易いと存ずるがいかがか?」
それ、久政にも提案したんでしょ? で却下されたと。……さっき磯野丹波守殿がゆってたよ?
遠藤喜右衛門殿に相談されたが大殿は反対してんだよねって。
卑怯なマネはするなって。とにかくムシしてればいいと。
まー、そーゆーワケにはイカンけどね。
「アカン。殺生はアカン。そうやね……じゃあ、こうしよう」
廊下で信長を待ち伏せし、話し掛けて足止めして欲しい。
そうしてくれたら、自分が後ろに回って、信長の背中にタッチするから。
などと、作戦の要旨を手短に説明。
「フウム……? ヤツの背を……でございまするか?」
遠藤喜右衛門殿が首をひねる。当然やんね。説明不足すぎた。
こんなので理解できる人はいない。
でもさ、長話してる時間は無いんだよね。
「もし」
わたしらの後ろで気配。ふたりして身構えた。背中を取られたのはわたしらの方やったと戦慄。ああ迂闊!
「……浅井新九郎さまとはあなたさまで?」
廊下の中央。
そこに複数の侍女を従えた若い女性がいた。
その女性――。
チョー美少女。
はわっと息飲み絶句するほどの美少女やった。
まさに、「うかつに近づけば感電死」レベルの。
前髪をまっすぐ切りそろえ、後ろ髪はシャランとストレートヘアを腰あたりまで垂らす。翠色の大きな瞳を瞬かせ、相対するわたしをまっすぐに見詰めていた。
そうしてスンと小さく鼻を鳴らし、小首をかしげている。
「い、いかにも。浅井新九郎はわたしですが?」
「ジッ……」
名乗ると今度はしばらく見詰められた。穴が開くほどってよく言うが、まさにそんなところ。
わたしがもしオトコなら、舞い上がって照れ死にするのは必至かな。
「ペコリ」
一礼された。
その後は素っ気もなく立ち去られた。
「……誰や、アレ?」
「存じ上げず、申し訳ございませぬ」
「アレは織田信長の妹。つまりは織田於市姫でございまする」




