001 戦国時代初日
――ときは、室町後期の戦国時代。
弘治2年(1556年)4月。
ーー美濃の戦国大名、一色左京大夫范可=通称、斎藤義龍が、長良川の戦いで、父斎藤道三を討ち果たすと言う事件が起こった頃。
その頃隣国、琵琶湖を抱く近江の国(=現在の滋賀県)でのお話。
わたしは、とある密命を帯び、令和の世から新たな生を受けてこの時代、この場所にやって来た。
得た幼名は猿夜叉丸。
のちに浅井長政をかたる女で、東部大阪弁の使い手。
与えられた歳は11歳。
国から魔法使認定を受けた者たちが集まる団体、NPO法人アステリア社。
そこに勤めていたわたしは、曲がりなりにも【魔法使技能】なる特異スキルを持っていた。
今回の任務はその異能を買われ(?)、命じられた言わば特殊任務で、闇深い大人の事情も絡んだ案件やった。
◆◆
パチリと目を開けると、ムシロの上で仰向け状態になってた。
時代劇に出てくるドザエモンが頭に浮かんだ。ドザエモンって言うのは……ま、それは置いといて、おかげさまで背中がチクチクして痛いし、とにかくカユかった。
んで? ここは……?
無論、スタート地点は令和の自室やなく、見知らぬ場所だ。てかさ、初期装備の野良着が薄すぎて寒いやんっ。
上体を起こし、全身をペタペタ触る。
「わぁー、若い!」
調子に乗って、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねてみた。
「からだ、軽いーっ!」
ついアハハと笑いが噴き出た。声出るほどのって、何年ぶりやろかな?
「フーン。――で、ここが戦国時代……ね」
耳にワイヤレスイヤホンを装着する。
ザーザーと雑音がした後、【チュートリアル担当】が話しかけて来た。
『――あーあー。分室広報3課の浅井ハナヲ……さんだっけ。聴こえる?』
「感度良好。よく聞こえる。チュートリアル担当さん? キミの名前は?」
『メンドくさいな。あー、竹中ななこ……』
「カワイイ名前やね。親しみ込めて、なーこでいい?」
『……どうぞ、好きに。それよりさ、もっと早く返事して欲しい。担当にされて、朝礼終わってからずっと待機してたし。かれこれ1時間経ったし』
竹中ななこさん、ね。
ふと、ウワサを思い出した。確か元素行不良少女で、高校を自主卒業しちゃった後に、地元の名士やった父親の口利きでウチに入社した、いわくつきの子……やったと記憶している。
ほんに気の毒に。よりによって、わたしのサポート役を仰せつかったんすか。
にしても、なんでこんな子が?
名前は判ったけど、これまで社内での絡みなんて一切なく、実はカオも性格もお互い知らないモン同士やし。
『浅井さん、関西人?』
……何ソレ、ちょっとヤなニュアンス。小馬鹿にしてる? つか慣れてますけど。
「まー、そうやね。不必要にディスらんとってね」
『それ以前にキョーミない。どーでもいいし』
「あのさ、わたし。そっちいた時は30前やってんな。キミはさ、二十歳そこそこやんな?」
やのに、なんでタメ? てーか、ややエラそうな口ぶりなん? と言いたい。
『じゅーしち』
「……な。ウソやろ」
『浅井さんさ。いまは11でしょ。だったら、ガキ』
こんな性質の彼女が、この世界でのわたしのサポート役ですか。
事あるごとにいちいち人物紹介や状況説明をしてくれる、頼りにすべき存在……トユーワケですか。
どうにもフクザツな気持ちになった。
『戦国時代、正確には弘治2年に跳んだ浅井ハナヲさんは、30分前にはその上等な敷物の上で寝てたでしょ? そして定時になっても起きなかった。これは寝坊よね? 年上を待たせておいて、なにか言う事はありませんか?』
「ネチネチと、よーしゃべるね。あー……背中、チクチクする」
『言ってもまだ地べたじゃなかったし、ゼータク。それよりも」
「――寝坊してごめんなさい。昨日の晩、ソシャゲーしてました。以後気をつけます」
うー。釈然とせんぞ!
この子、下手したらわたしの上司よか、エラソーじゃね?
うぬぬと歯ぎしりしながら、チュートリアル・なーこのススメで、とりあえず人の集まっている広間へ出向く。
評定中やったんか何か知らんが、参集してた侍風のオトコたちに死ぬほど驚かれた。
つまりは「コイツ死んでたよな?」と。
そう。
わたしがなりすましたのは冒頭に述べた実在人物、浅井長政。
彼はこの世界では、数日前に死んでたんである。
『浅井長政は少年期に人質先の観音寺城で、不遇の死を遂げている』
「で? どーすりゃいーのさ」
『堂々とすればいーんじゃない。容姿に関する記憶操作は正常に機能してるようだし、ちっともツッコまれないでしょ? アドリブで誤魔化して』
古文書によれば浅井長政こと猿夜叉丸は大柄な子供。しかしてわたしはチビッ子。なのに確かにツッコミ無し。
ところで浅井家は元々、北近江の守護だった京極氏の家臣を務めてた。
浅井長政の祖父、亮政の時代にその地盤を奪い自立。その後、越前の朝倉家と誼を通じて領国経営に乗り出した。
けれど、次代を引き継いだ浅井久政(=わたしの父)は、戦国大名としての素質に乏しく、南近江に盤踞する六角氏に膝を屈してしまった。
わたし、浅井長政は、一応立場的には六角の家族同然とされてたけれど、実質は人質で。
都合よく扱われ、下働きさせられてた様子。
その過程で、本物の浅井長政、幼名猿夜叉は病気に罹り、死んじゃったのだ。
なーこの説明によれば、冬の川に入ったことで風邪をひき、こじらせて帰らぬ人になったそう。
「不遇すぎるやろっ!」
『浅井さんのサポートしてるこっちの方がよっぽどカワイソー。目が離せなくて、トイレにも行けない』
どうも、この集まりは葬式やったらしく、しかもわたし自身のやったらしく、浅井家当主の名代も参列してた。
それやのに、わたしが普通に現れたんで、一同が仰天したわけ。
「死んでただろ?」
「死んでたよな?」
「はぁ、すみません。実はまだ生きてました」
チュートリアル・なーこに鋭くささやく。
「もう少しいいタイミングで放り込めんかったんっ!?」
『時間跳躍を伴う異世界転移は人類初の試みだし。そう易々と思った時間、場所、状況には跳べないわよ。もしかして、そのあたりの予習サボった?』
「ごめんなさい。ムシしてソシャゲーしてました。以後気をつけます」
それにしてもホントの浅井長政さん。
まだ子供やったとは言え、だいぶ人生悲観してたやろなあ。
一方のわたしはってと、あるイミ鈍感なのか、それとも底抜けに楽天家なんか、マイナス環境が気にならんほうで、自分の事で怒ったり泣いたりってのがない。
わたしが生きてたってコトで、六角家の面々が驚きの表情から渋面になったのも、浅井家の名代が明らかに困惑顔してたってのも、それほど気にならんし。むしろわたし自身が、ホントの長政さんへの同情心を芽生えさせたってか。
『適当に乗り切れば?』
「はーい。そうします」
ま、なるようになるしかないよね。
ところで話は変わるけども、六角と言えば勝手ながら甲賀忍者衆のイメージなんよね。
せっかくなので翌日から、忍びの術を会得したいと手を挙げ、一念発起で特訓に参加することにした。
そもそもがわたし、小~高校時代は帰宅部を貫き、夕方アニメ見たさに家まで10キロの道のりを猛ダッシュして鍛えたし、本職が魔法使なんで分野は違うものの、甲賀忍修行と称した山野での戦闘訓練やサバイバル訓練なぞは、持ち前の魔法使技能と図太く鈍感な体質をフル活用してどうにか乗り切ったし。
中でも亀六の法? なる戦法。
カンタンに言や、ゲリラ戦法。つまりはヒット&ウェイ戦法なりよ。
ちょっとズルいって感じるものの、わたし、あっという間に得意技になったよ。戦国の世だ、そのうち披露してやろう。
なんにせよ、六角家の戦術指南役も浅井ハナヲさまの天才ぶりに感心したのか、目を丸くしてたし。
で、六角家当主でひとまず父上と呼ぶのは、六角従五位下左京大夫義賢。剃髪後は承禎。 いつかソイツにも実力を認めさせてやるぞ。
『気をつけた方がいいよ。出る杭は打たれるって言うし』
「ん? それ、どーゆーイミ?」