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殺す男と殺されかける女

作者: Karyu

前に活動報告で言ったサークル内での掌編小説です。


キーワードとジャンルがランダムに設定されるので、頭抱えます。


というか、俺はコメディ向いてないのかも;;w


キーワード:崩え、逃がす、袂を分かつ

ジャンル:暗黒小説、コメディ




 薄暗いボロアパートの中、男が握るは一本の包丁。


 鋭く研ぎ澄まされたその出刃包丁は鈍い血塗られた光を放つ。


 ここサディック荘に住みし住人は全員が全員曰く付きの人物達。彼らは夜になれば部屋から飛び出て、裏社会で慄かれるほどの名で知られている。


 そしてこの包丁を研ぎ石で必死に刃を磨きあげているのは大久保 達志。連続殺人犯としてその存在を地元のニュースから、今や全国にその存在が大々的に報道されている。


 そして今宵もまた彼は犯行に及ぶ。


 殺人を始めてから二週間。一日一人というペースで、老若男女問わずその時の気分で大久保は人を殺める。


 突発的な行動に警察当局も見張りをつける範囲がわからず、出没する範囲がわかろうとした時にはまた検討の違うところで殺人を犯す。その繰り返しが数回あり、二週間。


 大久保自身も最初はただの事故だった。だが、しかし、自分が捕まらない。そして自分の両手が赤く濡れ、他人の血が自分と違った温もりを放つ感触……たまらなかったのだ。もっと、感じたかったのだ。


 大久保達志は生まれ持っての殺人者だったのだ。


 今でも忘れられない。内臓を刺され、多量出血で痙攣する体、そして息を切らしながら助けを乞うように自分の足に手を差しのばしてしがみついてくる死にかけの人間。


 それが大久保にとっての快感。


 そして大久保はドアを開き、大きめのジャンパーの下に研いだ斧を忍ばせてアパートを出る。


 同時に隣人のドアも開く。


「おや、連続殺人犯さん。今日も性が出るねぇ」


 卑下な笑みを浮かべて現れるは闇ディーラーとして名を馳せる六十過ぎの老人。この老人も重罪人であり、今日もクラブやバーへと赴き客から金を巻き上げてくる。


 大久保は老人を一瞥するだけで挨拶を済まし、階段を下りていく。


 今日は夜風が冷たい。


 さぞかし殺しには最適だ。


 大久保は吐いた息が白くなるのを見ながら、今夜自分の殺す人間が最後に呟きながら吐く血の色をした吐息を想像して身を震わす。


 早く、殺りたい。


 そんな衝動が彼を取り巻く。


 昨日は電車で殺人現場へと赴いた。なら、今日は近場で初めてやってみるのも悪くない。こんな簡単に決まるのも、こんな単純な気の赴くままに犯行現場を決めて捕まらないのも、大久保が殺人犯として生まれたであろう一つの天性なのである。


 二十四時間営業の雑貨店から、一人の女性が出てくる。


 長い黒髪に、厚手のクリーム色のセーター。赤い手袋に、サンダル……そう遠くには住んでいない住人であることは素人目からでもわかる。


 あいつに決めた。


 大久保はにっと笑みを浮かべ、息を殺し、その女の後をつけていく。


 この二週間で尾行も上達した。とにかく気配を殺し、ときどき歩調を変えながら相手に悟られないようにする。立ち止まってはいけない。追い抜いてしまったら、視線を少し上げ、歩幅の調整を行わなければならない。


 そして人気の無い場所に入った時が勝負である。


 後をつけて三分で女は路地裏へと入って行く。隣接するアパート同士がつくりだした、狭く細長い路地。


 今だっ! とばかりに大久保はジャンバーの内側に手を伸ばして女が入った路地へと入り包丁を突き出す。


 しねぇ!!


 突き出した包丁が次に大久保にもたらすのは肉を裂く生易しい感触。


 しかし、大久保を襲ったのはただ空を裂く音のみ……手ごたえがなかった?


 前を見ると、女が何故か地面にしゃがみ込み頭を抱えていた。


「包丁、買い忘れた~~~」


 嘆くように項垂れる女に、大久保は一瞬だが耳を疑ってしまう。


「おりょ?」


 自分を見下ろす視線と気配に気づいたのか、女は後ろを振り向きながら大久保に視線を上げる。そして、突き出された包丁に視線を動かし、目を見開く。


 大久保は女、いや正確にいえば高校生か大学生くらいの少女の反応を見逃さなかった。相手がヒステリックを起こし、恐怖による悲鳴を上げる前に殺す!


 大久保は突き出した包丁を逆手に、少女の顔目掛けて降り下ろす。


 が、しかし!!


 がしっ!


「!?」


 大久保の腕が少女の華奢な両手によって握られ、少女はその勢いで立ち上がる。


 しまった、こいつ格闘家か?!


 などと驚きを隠せない大久保。今から逃げる算段を打とうかと思えば、


「お願いします、この包丁私にください!」


 大久保の思考が若干だが停止する。


「お願いします、この包丁が無いと私殺されちゃうんです!!」


 少女の言葉に大久保は平常時であれば「今すぐ殺してやるよ!!」と豪語するのだが、如何せん状況が状況で、少女が少女である。どう反応していいのかわからなかった。


「この寒い中、あのお店まで戻るのだるいし、お兄さんがなんでここにいるのかわからないけど、その出刃包丁! お母さんが買ってこいって言ってたのとおんなじ柄なの!! お金ならあるから、ね?」


 そうはやし立てる少女に、大久保は一旦身を引き、冷静になって自分のペースを取り戻す。殺人に時間は制限されている。早くしなければ。そんな使命感めいた感情が大久保を逸らせる。


「ほら、すでに使っている包丁なのにも関わらず新品と同様の値段で買ってあげるんだもん。むしろ感謝されてもいいわよね。うんうん。ねえ、どうよお兄さん?」


 大久保は少女の話を一切無視して、再度標的を定めて包丁を構える。


「あ、勝負に勝ったらその包丁くれるの? ラッキー!」


 何をどう解釈すればそうなるのかわからないが、少女は俄然やる気を出して持ち歩いていたビニール袋から一本のフェリングアックスを取り出す。


【フェリングアックス、通称伐採斧。木の繊維を軽快に切断できるように設計され、刃が薄く、鋭い。木に深く打ち込めるよう、刃渡りが狭く、峰から刃までが長い形状の為、横に振る際にブレを生じやすく、扱うには熟練を要する】


 なぜこの現代日本の都会であるこの街で少女が斧を購入したかはわからない。いや、むしろわかりたくはない。だが実際に彼女は手慣れた動作で斧を片手に構える。


「お兄さん、私こういうのをずっと夢見てたんだよ!! 日常生活において突然発生するイベント! これを乗り越えたら私は非日常のアドベンチャーへと行けるんだね!?」


 歓喜する少女。彼女は、ついさっきまで自分の命が狙われていたことなど知っていたのだろうか?


 暗闇の中、片手のビニール袋を横に投げ飛ばして少女は疾走する。


 下に構えた斧が路地の先と終わりから漏れてくる電灯の光を鈍く反射する。


 大久保はこの展開に、少女の発想の展開についていけなかった。自分自身、かなりの異質者だとは理解していたつもりだった。だが、この少女はそれ以上だ。


 大久保は下から振り上げられてくる少女の斧による一閃を出刃包丁でいなす。


「やるねえお兄さん!」


 なんなんだ、このガキは!? そんな感情が大久保の脳内でアラートを鳴り響かせる。


 次は上段に構えられた斧が大久保の頭頂部を狙う。


 くそっ! 


 大久保は全身を右に捩り、辛くも少女の攻撃をよける。しかしそれにより大久保の姿勢が崩え、少女の目がギラン! と輝きを増す。


「しとめたりぃぃぃいいい!!」


 横薙ぎされるフェリングアックスの刃が狙うは大久保の首! 大久保はこの時、自分が夢を見ているのではないかと思った。


 殺人を犯していたから夢で神が忠告をしてくれたのだ。こうなりたくなかったらやめろと。ああ、そうする、そうするからこの狂った女の夢から俺を覚ませてくれ!!


 しかし感じている緊迫感はこれほどと無いまでにリアルで、自分が殺されるのがわかっていた。ミイラ取りがミイラってのはこういうことを言うんだな……。


 走馬灯が過る。


 そして―――、


 ガシっ!!


 煌めく刃と大久保の首の中間点に入りしは巨大な手。


「なにをやっとるんじゃ夏!! 帰りが遅いから心配しとったらこんなところで道草くいおって!!」


「じ、じいちゃんっ!」


 巨漢と言えばよかろうか? 剛腕剛脚な体躯に薄汚れた道場着に身を包んだその老人は少女を一喝し、げんこつをお見舞いした後に大久保の方へと向く。


 いや、ちょっと、おじいさん、あんた素手で斧の一撃をとめましたが?? というツッコミは一切合財無視する。


「お主もお主じゃ! そんなへっぴり腰では、このような戦闘においてワシの孫に負けるんじゃ! 鍛えなおしてやろうか!!」


 大久保は口をぱくぱくと動かすのが精一杯であり、何が起こっているのかわからなかった。


「夏、お前の母さんがいっとったもんは全部買ってきたんか?」


 ひょいっと夏の襟首をつかんだ老人は、少女に尋ねる。


「ううん、じいちゃん。そのお兄さんが持っているのがお母さんが言ってた出刃包丁」


 大久保の握る出刃包丁へと指を向ける夏。そして、老人の目がさらなる卑しき輝きを放つ。


「ほぉ……だから戦っていたのか?」

「うん。頂戴って言ったらお兄さんが包丁構えてきてね、これは武道家としては無視できないじゃん? だから日頃言われている教訓をね」

「えらいぞ夏! ワシはお主のことを見直したぞ!」

「じいちゃんっ!!」


 がしっと抱きあう孫と爺さん。(はた)から、傍から見ればほほえましい光景であろう。だが、しかし、大久保は一刻も早くこの場から逃げ去りたかった。しかし腰が抜けてしまい、どうにもできない。


 そんな大久保の必死の反応を老人が熟練された視力で見逃すわけもなく……。


「逃がす訳なかろう? 夏への挑戦状、このワシが代わりに引き受けよう」


 筋骨隆々たる老人は素手で構えをとり、大久保の目の前に立ちふさがる。


 ここで逃げたら、殺される。


 そんな直感が大久保を襲う。こいつらは異常だ。


 そう自分自身が感じることが、大久保にとって何を意味するのか? しかし、今はそれについて問い詰める時間も気力もない。


 大久保は震える両足を立ち上がらせ、包丁を両手で突き出すようにして構える。


「ほう、それでこそ男だ! いざ、参らん!!」

「うおおおお!!」


 二人の声が重なりあい、夏は目を輝かせながら戦闘に見入る。


 この何もない狭い路地裏で、ここまで生死の袂を分かつような勝負が行われるなど誰が想像できただろうか? できたわけがない。いや、できるわけがない。


 そして勝負はものの見事に吹き飛ばされた大久保の負け。


 激しく路地から出た電柱に頭部をぶつけ、視界が真っ白になる。


 久保田が頭をさするとそこにはべちょっという感触。手を見れば、見事に真っ赤に濡れていた。


 ああ、俺は死ぬのか。そう感じる。


 頭を打ったせいか、痛みを感じない。こういう死に方もいいのかもしれない。やっぱり殺人なんかするとろくな人生歩めないな。


 自分を吹き飛ばしてくれた老人に感謝を言おうと、霞む視界で遠くを見つめる。


 夏と老人の会話が少しだけ耳に入ってくる。


「おじいちゃん、どうしよう! 大変だよ!!」

「ちーとばかし、手が滑ってのう……」

「手が滑ったじゃ説明にならないよ! ああ、どうしよう、どうしよう!?」


 きっと俺のことを殺したからあわててるんだろうな……。俺も最初はあわてたもんさ。と、なつかしむように瞼を閉じる久保田。


 そして久保田の耳に最後に伝わるのは、夏と老人が同時に叫ぶこの言葉であった。


「「ケチャップが!!」」


 ケチャップ?


 ケチャップ……?


 大久保は自分の手を見やる。


 そしたらそこには赤く濡れた、ほんわかと匂いを漂わせる自分の手。


 もう、全てが嫌になった大久保であったとさ。


 ちなみに大久保はこの騒動をききつけた近所の住人により通報され、事情を聞かれた大久保の正体がばれ連続殺人事件は解決した。


 余談ではあるが、大久保本人逮捕へと貢献した夏は大々的に巷で有名人となり、違った意味での非日常を勝ち取ったとさ。


 おしまい……?


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― 新着の感想 ―
[一言] ヤバい、面白いw 哀れ大久保w やはり犯罪起こすとろくな事ならないなw
[一言] なんというか……笑いが堪え切れませんでした。 前半は普通の殺し屋だったのに、後半では殺そうとしていた少女と格闘劇に……。 しかも、少女のあの天然さ、というかあの格闘家魂にはびっくりです。 …
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