第10話 ノエルと回復魔法
ロザリンヌが倒れてからすぐ、僕はロベールにロザリンヌの病気について詳しい話を聞いていた。
まず、病名は瘴気汚染性多臓器不全。治らない病気であること。停滞は無く常に症状は進行すること。
原因は、魔界や魔物が持つ瘴気に長時間触れたり、何かの形で高濃度の瘴気を摂取し、体の自浄作用が間に合わず瘴気が内蔵に纏わりついて臓器を汚染。
臓器そのものを徐々に壊死させてしまうことによる。
ロザリンヌの場合は、瘴気による汚染の濃度が極めて高く、現段階で生きているのが不思議なくらいにボロボロということだ。
この病魔に打ち勝つには、自己免疫、自己解毒作用、自己浄化作用など肉体が備えている力で瘴気を体外に排出するしかないのだが、ロザリンヌの身体にもうそんな余力は残っていない。
いまこの瞬間の命を保つだけで精一杯なのだ。
「ノエル坊ちゃま。お力になれず、申し訳ございません…」
「ロベールさん。まだ終わってない。ロザリンヌは生きてる。僕は諦めない。」
ノエルは目をつぶって必死に考えを巡らせている。
(しかし、どうする。体の中が完全にやられてる…回復魔法で何とかできないのか?)
「ロベールさん。僕がロザリンヌを治療する。回復魔法の使い方を教えてくれますか。」
「ノエル坊ちゃまがご自身で!?私めは、いかんせん戦いに特化しておりますので、回復魔法に関しては勉強はしましたので理論の理解はしております。ただ理論しか知りませぬ。役不足は重々承知しておりますが、それでもよろしいですかな?」
「うん。問題ない!今すぐ教えて欲しい!」
「かしこまりました。それでは、ロザリンヌさんのいる客間に向かいましょう。」
ロザリンヌのいる客間に到着した僕は、ベッドでつらそうに寝ているロザリンヌを見てやり遂げる覚悟を決めた。
「ノエル坊ちゃま。それではロザリンヌお嬢様のお体を借りて実践形式で教えますぞ。」
「それが早いならそれでいいけど、ロザリンヌに影響は?」
「ありません。回復魔法はあくまでも回復をさせることが本質。失敗しても回復しないだけでございます。」
「よし、やるぞ。」
回復魔法について指南を受けた。
回復魔法は、3種類で構成されている。再生、浄化、活性の3種類だ。
再生・・・傷や欠損などをもとに戻すこと。
浄化・・・毒や瘴気、ウイルスなどによる汚染を取り除くこと。
活性・・・体の生命維持の基礎機能を高めて、傷の治りを早めたり、抵抗力/免疫力をアップさせること。
それぞれに役割も違うが、魔力消費量が大きく異なり、再生>浄化>活性となっている。
その代わり、活性だけは一度かけると24時間の持続時間があるので、常に患者さんに張り付いて24時間治療することができない時や、戦場に赴く前に事前にかけておくという便利な使い方ができる。
ノエルは魔力を扱う基礎が幸いにも高いレベルで習得できており、回復魔法は繊細な魔力コントロールが必要になるが、そこの鍛錬は省略することができそうだった。
ということで回復魔法の実践訓練に入るわけだが、回復魔法は3種類それぞれ別の方法での緻密な魔力コントロールが求められることが分かった。
再生・・・自分の魔力の一部を切り離して、相手の身体の治療部位にピンポイントで送りこんで爆発的に再生力を高める。
浄化・・・自分の魔力の一部を相手の体内に送り込み、相手の体内の毒/瘴気/ウイルスを魔力で絡めとる。その魔力を相手の体内から引きずり出して、汚染された魔力のみを切り離す。体の中にあるものを外に出すことで浄化する。
活性・・・自分の魔力の一部を相手の心臓付近に溜め込み、その魔力がゆっくりと相手の体内に馴染んで循環するように魔力の塊を設置する。設置した魔力が一気に相手の体内に流れ込んでしまうと魔力循環バランスが崩れて倒れてしまうので取扱いは細心の注意を払わなくてはならない。
魔法だからキラーン☆ってやったら治っちゃうみたいな、そんな夢物語ではないようだ。
「ロベールさん。ありがとう。だいたい把握できた。まずは、浄化魔法を施し瘴気を除去。その後にダメージを負っている臓器に再生魔法をかけて健康な状態に戻す。で、ここを離れる前には活性魔法をかければいい。」
「ノエル坊ちゃま。相変わらず6歳とは思えない理解力に感服致します。おっしゃる通りですが、それを1人で行うのは教会にいる回復魔法士様でも至難でございます。回復魔法とは、基本的に3種の中から1種を選択して極めていくものですので…」
「やるといったらやる。僕がロザリンヌを助ける。僕の命に代えても守ってみせる。」
「かしこまりました。ご武運を。」
ノエルは回復魔法に集中し過ぎて全く気付いていない様子だが、ロザリンヌは途中から目が覚めていた。
そして、ノエルの情熱的な言葉を聞いてしまいロザリンヌはまたまた耳まで真っ赤になっていた。
(の、ノエルくん…命に代えてもって…!そそそそそそ、そんなに私のこと!?きゃー!!!!)
ロザリンヌは1人で胸キュンのもじもじの最高潮に達していた。
「それでは、ノエル坊ちゃま、内容は先ほど話した通りでございます。実践に移りましょう。」
「分かった。まずは…どうすれば?」
「ロザリンヌお嬢様の心臓のある位置に手を置いていただけますかな。」
「ふぇ!?」
ガバッ!顔を耳まで真っ赤にしたロザリンヌが飛び起きた。
「へ?」
「おやおや。」
(こいつ寝たふりしてたのか...?なんかさっき自分で言った気がするこっ恥ずかしい宣言してたの聞かれてないよな…?)
一瞬の沈黙。
その沈黙を破ったのは。
「ロザリンヌお嬢様、もう寝てるフリは終わりになさったのですね。」
「寝てるフリ!?ロザリンヌさん、ずっと起きてたの!?」
「起きておられましたよ。回復魔法の説明をしている時からでしたかな?」
「ノエルくん。ロベールさん。すみません!いつ起きればいいのかタイミングを失ってしまって…」
「ハッハッハ。お気になさることは無い。とりあえず、いまから治療しますので、横になってもらってもいいですかな?」
「は、はい!すみません、私のためにいろいろと…お願い致します。」
ロザリンヌは恥ずかしさを押し殺すように仰向けになってベッドに寝転んだ。
「さあ、ノエル坊ちゃま、ロザリンヌお嬢様の命を救いましょう。坊ちゃまの命を懸けて。」
「ぶっー!!!!ロベールさん!蒸し返さないでよ!恥ずかしい!」
ロザリンヌがノエルの服をちょこんと可愛く摘まむ。無自覚で可愛い行動をする美少女である。
そしてウルウルの瞳の上目遣いで真っ赤な顔をしてノエルに言った。
「ノエルくん…お願いしますっ!」
「ま、任せてくれっ!」
(なんか別のことお願いされてるみたいで変に緊張するんだがー!!)
「では、気を取り直して。ノエル坊ちゃま。ロザリンヌお嬢様の心臓のある位置に手を。」
「はい。」
スッと右手をロザリンヌの胸の上に置く。
「ひゃぁっ!」
恥ずかしくて、ついつい反応してしまうロザリンヌ。
ノエルとロザリンヌ、2人して顔が真っ赤である。
「ゴホン。では、まずはロザリンヌお嬢様の悪くなっている部分を探す必要がありますので、右手から魔力を薄く放射してロザリンヌお嬢様の身体に少しだけで良いので魔力を流し込んでください。」
「わかった。ふぅ――、はあっ!」
ノエルの身体から真っ白い魔力があふれ出る。
「わ、ノエルくんの魔力、すごく綺麗…。」
「そ、そうかな!褒めてくれて嬉しいよ!」
「ノエル坊ちゃま、ここからは集中力との勝負です。ロザリンヌお嬢様の身体に流し込んだ魔力の動きや感覚を感じ取るのです。」
「わかった。集中だ、集中―――――――」
集中し始めてから数分が経ち、ノエルの右目の瞳が魔力により白銀に変化する。
「おお。全部見えるようになってきた。ロザリンヌの身体の悪くなっているところが黒い靄がかかったみたいになっていて、他は真っ白になってる。はっきりと見えるようになってきた。」
「ノエル坊ちゃま?感じるのではなく、見えるのですか!?」
「え!ああ、はい。しっかり見えてます。」
ふむふむと顎に手を当てて考えるポーズをしたロベールが話す。
「ノエル坊ちゃまが集中してしばらく経った時に右目の色が変わりましたが、その白銀に輝く右目は魔力の流れを視る力があるのかもしれませんな。」
「えっ!僕の右目の色変わってるんですか?」
そっとロザリンヌが体勢を変えないようにベッド横のサイドテーブルに置いてあった手鏡でノエルの右目を見せる。
「ほら。ノエルくんの右目。綺麗なノエルくんの魔力の色になってる。」
「うわっ!ほんとだ。ロザリンヌさん。見せてくれてありがとう。そっか、急に魔力や瘴気っぽいものが視えるようになったのはこれのおかげなのかな。」
ノエルにお礼を言われたロザリンヌは嬉しくて恥ずかしくてもじもじしている。
「いやはや流石はノエル坊ちゃま。これは本当になんとかできるやもしれませんな。」
ロザリンヌはノエルの白銀に輝く右目の瞳に、ぼーっと見とれているのだった。
ノエルは更に集中力を上げ、どんどん白銀の魔力が体から溢れ出てノエルの体を包んでいく。
「じゃあ、回復魔法、開始しますね。まずは浄化魔法!いきます!」
ロザリンヌを救うために本気で挑むノエル。
人生初の回復魔法が、いま始まる――。
<次回予告>
白い魔力
少女の胸
瘴気
耳まで真っ赤に
ロベーーーーーーール!!!!
回復魔法に挑戦する男は、少女の命を救うことができるのか。
次回
回復魔法を極めて始める異世界冒険譚
第1章 運命の出会いと回復魔法
第11話
浄化と再生