暴走と静止
いつもよりも少し短いですが
なぜこんなに怒りが抑えられないのか?まあ心当たりはある。善意に見せかけた悪意だと言われたことが途轍もなく勘に触ったからだろう。
「俺があの女と同じことをするというのか。金のために実の兄弟すら踏み台にして金をむさぼり食い散らかすような悪魔のようなことをすると?」
恐怖に歪んだ顔が並んでいる。対象だけでなく気が付いていた奴らは漏れなく全員が少しでも離れようともがいている。だけどお前だけは逃がさない。両手に残っている『雷球』をぶつける。
「ぎゃっ…!」
黒煙をあげて倒れるがまだ生きている。死んでは困るしそれで良い。ポーションを取り出して強制的に目を覚まさせる。既に目の前まで近づいている。顔を近づけてもう一度聞く。
「なあ、俺ってそんなに悪いこと考えるような人間に見えるのか?お前みたいな口先だけのチンピラから見ても?あの女とは少ししか同じ血は流れてないはずだし、今はもう顔なんて全く似てないはずなんだけどさぁ?」
何を言われているのか分からないだろうけど、八つ当たりの対象にしても良いだろうな。気が付くともう一度気を失っていたのでもう一回ポーションをぶっかけて目を覚まさせる。
「簡単に気を失うなよ」
「ぎゃああああ!」
太ももをゆっくりと踏む。イヤな感触だけは感じてしまった。でも手ごたえからいってしっかりと折れたな。念のため両方やっておいた。これで痛みが気付けになるだろう。
「さて、他のにまで当たるとダメだからな。ちょっとどいてろ」
両手でかき分けるように広げると同時に突風を発生させる。風で押し流して対象の一人以外を脇に寄せる。これで空間に余裕ができた。さて、魔法で押し切るか直接手を下すか…。直接だな。
骨を折るだけでも気分が悪かったが、初めて自分の意思と自分の手で人を殺すんだ。自覚を持つためにも直接にしておこう。なんてことは無い。悪意を簡単に口にするような害悪を消去するだけだ。
マイナスが減れば相対的に世の中も少しは良くなるだろう。そこまで偽善を言うつもりは無いが、どこまでゲームとは乖離した世界なのか。見損なわせてくれるなよ。全員が楽しく過ごせるはずの世界だろうが。
右手首を左手で握って雷魔法を収束させる。雷撃に熱が伴う。魔法だと自分では熱くもなんとも無い。ゲームと違ってフレンドリーファイアはあるが、自分の魔法で自分が傷つくことは無い。
「せめて少しでも苦しめ。それと自分の口の悪さを悔やんで死ね。」
「だめぇぇええええ!!!」
気付かない角度の背後から飛び掛かって来られたので避けられなかった。視界に入らなかったから気づけなかった。この声はリセルだ。
一体いつの間に来たのか。それは別に今考えることではないか。
「さっきぼくを助けてくれた時はそんなこと言わなかったでしょ!やさしい人がそんなことを言ったらダメ!」
「背中に張りつかないでくれ」
待てよ。多分放電で多少のダメージがあるはずだ。
「痛くないのか」
「痛くない!」
どうする?
あぁ、偽善かな。でも、思いとどまるしかないか。子どもに見せないって約束だしな。
「分かった、悪かったよ。止まるから。でも…」
全力で発動した魔法は止まらないな。このままだと一体に影響を及ぼしてしまう。上空に向けるしかないか。右手を上へと揚げて発動する。下から上へと昇る雷もあるんだったかな。
そう考えていたけれど、抑え込むのに余計にMPを消費しすぎて気を失った。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「ねぇ!たぶん気が付いたよ!」
目を開けるとのぞき込むリセルがいた。しっかりとお互いに確認するとパァッと笑顔を見せた後にどこかへといなくなった。
「ドクター!起きたよ~!」
医者を呼びに行ってくれたようだ。というかわざわざ運んでもらったのか。倒れた原因から言えばMPポーションをぶっかけてくれたら治るようなものだが、獣人たち優しすぎるだろう。
ステータスを開いて確認するが、確かにMPが少ない。他に異常は無いが、少々精神的な衰弱のようだ。ゲームの時はオンオフがハッキリとあるものだったが、少し疲労があるような書き方をされている。
休めば治るようなものだから、さっさとMPだけ回復しておこう。自分の反省を促すために初期に作った苦くてマズイものを飲む。全快とまではいかなくても7割までは回復した。これくらいあれば十分だ。
あとは戻ってくるだろうリセルを始め、あの場にいた人たちにも謝らなくてはいけない。あの集団も俺が運ぶはずだったが大丈夫だっただろうか。それよりも感謝を伝えて、謝罪もしないといけないな。
あとは反省しよう。なまじゲームの世界で暴力を身に付けてしまったから感情に任せて暴れようとしてしまった。これじゃあリセルたちを子どもと呼ぶこともできないな。
大丈夫。あの女はちゃんと生きていない。たくさんいた被害者の恨みつらみをちゃんと受けさせている。あの人と一緒に死ぬところも見た。父親の妹なんだ。世代が違うからゲームだってやってないだろう。あいつが同じようにここにいるはずがない。
簡単に力を振るうようになったらそれは俺がこの世界に対しての害悪になる。侮辱行為だ。やってはいけないことは何がどうなろうとやってはいけない。俺は手に入れた力を止めるために使おう。改めてここで誓うことにする。あとで誰かに聞いてもらった方が良いな。後に引けなくなるから。
戻ってきたリセルは良く見ると包帯を巻いていた。よければポーションを渡そうとしたが、別に構わないと言われてしまった。
「ぼくけがはすぐに治るんだ。それに隊長がポーション飲まずに治すようにって」
「なんで?」
「理由はお兄ちゃんが起きたら治さないのかって聞いて来るから逆になんでか聞いてみろって言ってたよ?」
人の心理を見抜くの上手すぎない?あぁ、その通りだよ。反省する気持ちが更に高まったよ。
「体の自己治癒を利用する方が体が強くなるからね。元々治癒能力が高いならその方が無理が無くて良いんだろう。どうしても痛いところがあったら言ってくれ。腕の良い薬師が作ったポーションを持ってるからさ」
「うん!」
それから一番最初のお礼はちゃんと言っておかないといけないな。
「それと止めてくれてありがとうな。もうあんなに無茶な暴力は振るったりはしないからさ」
「そうしてね。ぼくも何回も痛い思いするのはいやだよ」
そう言ってリセルはほおをふくらませる。なんとなくそうした方が良いように思えてリセルの頭をなでた。
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