拍子抜け
連日ブクマが増えて感謝しております。お楽しみ頂けると幸いです。
意外なことにボスが先頭で切り込んできた。すごいなと思っていたら、後ろの連中は投げナイフを準備しだした。そういう陣形かと納得して、より気合が入る。
武術だけの戦闘と決めたので魔法は使わない。でも、1回だけ使うかもしれない。久々の対人複数戦闘だから半分本気で、眼の配分としてはボス半分、周囲半分くらいで割り振る。
「はっはぁ!レベル30を超える俺に敵わないことを思い知れ!」
ボスが走りながら自慢してくる。なんだ、俺が31だからほぼ同じくらいのレベルだったのか。自慢するほどでもないが。そうなると大体の予測と武器の価値で概算すると、ステータスにあまり差は無いはず。たぶん。
差があるとしたら俺が魔法寄りのステータスになっているので、攻撃力・守備力でいうと負けているのではないかということ。攻めることに関しては手抜きの必要はなさそうだ。
それなら待ちじゃあダメだな。ボスが攻撃の動きに入ったので、右斜め前に出て振り下ろしの一撃を躱す。そのまま右足に重心を置く。
俺が見えたからだろう。反射的に右側で投げナイフの準備に入る2人が見える。完全に投げられるまでは着弾点は分からないが今は無視する。投げられてからでもたぶん対応できる。防御に関しては元から全て躱すつもりだからあまり気にしない。当たっても良いくらいに良い装備に変えたし!
こちらの攻めの最初は体重を左足へ移しての右の正拳突き。特に避けられることも無くボスの左脇腹へと吸い込まれていく。このときにボスの顔を見るが、正面を見ていて俺を探していることを読み取る。俺の躱した動きが最初から見えていなかったようで全く防御されていない。
(あ、どうしよう)
力加減を間違えたかもしれない。攻撃は既に止まらないところまで来ている。インパクトの瞬間寸止めへと変更するが向こうから近づいて来たのでタイミングがバッチリ重なってしまった。
しっかりと当たるところを目撃する。さらに間の悪いことにクリティカルヒットが発生して、ダメージが2倍判定になる。表示される数字の桁は5桁まで一万までの桁まで算出される。プレイヤーのHPはそこまで無いが、ラスボスやクリア後のボスにはバンバン食らわせていた。
結局何が言いたいかというと、俺の攻撃は最大限の形できれいに入ってしまったということだ。死んでないよね?
意識外からの一撃は踏ん張ることすら許さず、後方へとボスの体を飛ばしていく。……無意識に風魔法使ってしまったかな。いや、使ってないぞ。
勢いそのまま木を2本ほどへし折ると3本目の木が太目だったのでそれに激突して止まる。効果音の『ずるずる』という音をさせているかのようにゆっくりと地面に着地する。一緒に飛んでいった斧は誰にも当たらなかったようだ。
あ、ボスの下に足が見えるから下敷きになった部下がいたようだ。ご愁傷さまです。当然ボスは気絶、下敷きのやつも気絶だろう。痙攣だけど動いてるし大丈夫だろう。
そして戦場になるはずの場に静寂が広がる。いかん。次にどうなるかも想像できる。
「え?」
どこかから声が聞こえる。思いも寄らないことが起きると思考が停止する。でも、そこで止まったらいけない。理性のある敵性生物との勝負の最中なのに動きを止める方が危険だよ。現実だろうとゲームだろうと同じだと思うんだ。だから遠慮なく止めを刺していく。
思った以上に弱かったらしく、残りは腹や顔に一撃入れていくとしっかりと沈んでいった。勇気がある奴でいうと投げナイフを投げたり、接近戦に切り替えた奴もいた。
当然逃げるやつもいたが、走ったら追いついた。ものすごく顔が引きつってた。ちゃんと仕留めてひとところにまとめて置いておく。拘束の作業に入る前に目を凝らして確認する。
「やっぱりそうなるよな。氷魔法『氷槍多連』×3!!あと、おまけも届け!」
今打てる最大の力を込めて、ある方向に向けて打ち込んだ。
☆ ★ ☆ ★ ☆
向こうでは戦闘が始まったようだ。音が聞こえてきた時点でそれを合図として動き出す。
子ども2人が拘束されている場所にはリセラ様の護衛でメリナを避難場所へと向かわせた以外の全員で向かうことにした。村を外敵から守る役割を持つ者として外部の者に囮を任すのは狂った判断と言われても返す言葉を持たない。
例えば相撲を取ったとしたら俺が勝つだろう。本気で逃げたとしたら、リセラ様を連れていても俺たちが逃げきることができるだろう。対象追いすがられても追跡を振り切ること容易だ。
しかし、本気の戦闘となると頭一つどころか全員を積み上げたとしても敵う気がしなかった。本気を出していないだろうに、底知れない穴を見たようだった。
とにかく、イレブンと名乗った人間に囮を任せて、我々は子どもの救出へと向かった。場所は距離があっても見つけることが出来たが、我々が近づいていることもまた気づかれているのだろう。こちらへ注意を払っているのが分かる。
そうなると如何に連携を崩すのかがカギとなる。こちらは4人、向こうは3人だ。1人が子どもたちを押さえられているから戦闘可能人数はこちらが圧倒的に有利だが、子どもを押さえられていては無力に等しい。
「俺が引き付ける。その隙を突け」
「いえ、隊長はこれからも集落に必要な方です。囮には俺がなります」
「黙れ。隊長権限だ。言うとおりにしろ」
無理矢理黙らせた。まだ若手のやつらに譲れる役割ではない。囮に関しては俺がやることが一番生還率が高いはずだ。
せめてもの陽動として、炸薬で大きな音を出して注意を散らすことにした。聴覚系の索敵だと言っていたから効果的なはずだ。
隊員を散らしてから少し待つ。配置に付いただろうと合図を出そうとした時だった。
「ようやく準備完了ですか。待ちくたびれましたよ」
動きがすべてバレていたことを理解する。これでは――――、
「よほど子どもたちの命がいらないと見えます。2人いるのですから1人いれば十分ということですね。ならばお望みどおりに致しましょう」
その言葉を聞いた時、隠れていた場所から飛び出した。既に振り下ろされるのを待つばかりの鉈が見えた。持っているのは細い人間だった。顔は醜く歪んだ笑いを浮かべており、この状況を楽しんでいることが分かる。どれだけ早く駆けても到底間に合いそうにない。
子どもたちの方を見ると、ニッツがラッシーを後ろに隠して庇っている。あぁ、お前は草食の獣人だから攻撃を受けそうになればすぐにでも逃げたいであろうに。なんという勇気か!その役目は俺だ!待て!
「待てーーーー!!」
思わず声が出たとき、鉈を掲げる男が笑みが更に深くなり、力が込められたことが分かる。他の隊員も飛び出しているが、一番近い場所にいるのが俺だ。だから届かない。無情にも鉈は振り下ろされる。
まず、子どもたちと男の間に光が生まれ、直後に恐ろしい程の冷気が通り抜けていった。
標的は鉈を持つ男だった。まず掲げていた鉈に命中して完全に氷に包まれて刃物として用を成せなくなる。次に持っていた腕に命中して貫くと同時に刃物ごと手が落ちる。
体に幾本も突き刺さり、どう見ても戦闘が不可能どころか生きているのかすら分からないくらいの負傷だ。地に倒れ伏すころには子どもたちを腕の中に抱き入れていた。
子どもたちは光の出現のために目を瞑っていた。音は仕方なかったが、確かに子どもたちは凄惨な現場を見ることは無かった。
「見事…なのか?」
「いや鬼神か…、魔神の類いでは?」
あと2人の人間は他の隊員が押さえた。既に氷の槍で動きが取れないようにされていたが。自らの死角から音もなく飛んで来た氷の槍が頭の近くに3本も刺されば戦意など微塵も湧くことは無いだろう。
我らは誰の仕業か理解しているが、この人間たちは不意を突かれた。想像の埒外の一撃は恐怖以外の何物でもないだろう。そういった点では同情しても良い。
「味方で良かった」
「隊長、マジで殺されてたかもしれないっすね」
「黙っていろ」
自覚している。尻尾が下がっていることは。
お読みいただきありがとうございました。