獣人の村まで移動します
今日も朝から読んでいただきありがとうございます。お楽しみ頂けると幸いです。
「じゃあ、一旦君は村に帰った方が良いよね。帰り道は分かる?村までついて行く気は無いから分かるなら早く帰りな」
「たぶん分かるけど、ちょっと心配」
そう言いながら服の裾を掴まれてしまう。子どもの下から見上げてくる目線って最強じゃないだろうか。これには勝てん。前は子どもと関わることなんて無かったからな。知らなかった。
「そうか。なら分かるところまでは送ってあげようか」
人攫いに比べると優しそうに見える顔のおかげか、獣人の子は素直に受け答えをしてくれる。飲食関係は特に大きく好みも変わらないはずだが、勝手に上げるのは自重した。今日だけの付き合いになるだろうに色々と施してしまうと外の世界への興味を持たせてしまう。
隠れて住んでいるっぽいし、村の大人たち(?)に確認してからだな。走って疲れているだろうから飲み水だけは提供した。アイテムボックスにいくらでも入るのだからと念のための水も入れておけと言われたのが役に立った。ありがとうデテゴ。呼び捨てがなおらないのは許せ。
人攫い2人は風魔法の練習で俺が浮かせて運んでいる。脳筋の方も四肢を氷で固定している。一定の強さで持ち上げながら歩くスピードに合わせて一緒に進める。これくらいの出力ならMPの減少もそこまでは気にならない。ただ、もう少し何らかのスキルを上げた方が楽にはなるだろうけれど。
何でもスキルに頼って便利にするのも良くない。スキルポイントがいくらでも稼げるようになったところで節約するに越したことは無いし、必要な時に取得するということにしても良いだろう。特に現状は優先するものはない。取りたいものはたくさんあるけど。
「走って来た方角は分かるからあっちに行けば村があると思う」
「分かるところまでは来れたのか。じゃあこれでさよならだな。人間が迷惑をかけてごめんな。『二度と』来れないようにしておくから安心してくれ」
「うん…」
う~ん。困ったぞ。どうして良いか分からない。ここでお別れでは無くて村が見えるところまで連れて行った方が良いのかな。
そうするとこの人攫いたちにも場所とかが分かってしまうしな。そう考えているとふと囲まれていることに気づく。すごいな、全く気が付かなかった。気配を読むのはまだ慣れていないけど、敵意と戸惑いが半々って感じか。
全員が姿を現したが正面から出てきた犬系の獣人が話しかけてきた。
「そこの人間!我々の村の子どもを大人しく返してもらおう!」
「うん。村まで返すつもりだったよ。あとは攫おうとしたのはこいつらね。秘密裏に処理するなら引き渡すから持って行って良いよ。ただ、誰に引き渡すのかとか聞き出すのはしたい。あとはこっちで対処するから村の警備を強化してくれると嬉しいかな」
なるべく言うこと聞くので、魔国に連絡して戦争を始めるのだけは勘弁してください。
「ふざけるな!お前も村まで来てもらうぞ!」
「ちがう!この人は助けてくれたから!やさしくしてあげて!」
おっと、ヤバいと思ったら子どもが助けてくれた。ありがたい話だね。しつこいようだが魔国との戦争とかになったら絶対に勝てないから何とかしたい。考えてくれ。力、魔力、資源、技術力といった面では圧倒的に負けているんだ。王国が唯一勝てるのは兵士の人数くらい。
でも魔国が本気出したらそれもひっくり返される。魔国の一般人でも王国の一般兵士くらいには強いからね。種族的な強度が違うんですよ。根本的に勝てないようになっている。
ゲームの中で魔国と帝国の戦争が成立していたのは、ラスボスが古代の技術を使用していたからだ。それでも拮抗していたのは、完全再現できていなかったおかげとされている。ま、ゲームだからね。本格的な被害は戦場以外では無いことになっていたよ。
しかし、話の流れで人攫いは目隠しして連行、俺は子どもがしがみついて守ってくれたおかげでそのまま連れて行かれることになった。
結果子どもを抱えつつ、人攫いの連行も引き続き俺がやったままで獣人の村まで連れて行かれることになった。俺の負担が大きいように思うが、移動スピードは明らかに合わせてくれているのが分かるので文句も言えないし、俺が従順に従ったことも少しは影響があるだろう。せめて場所が分からないように人攫いたちは練習がてら無茶苦茶な軌道を取らせて距離感やら方向感覚を失わせておこう。俺にとっては練習にすぎないけど。
周りを囲んだ中に敵意なく見てくれる獣人もいる。どちらかというと子どもを助けたからという加点があるからだろう。今も一生懸命に村のことについて話しかけてくれるし、猫系の若者と羊系の女性がこちらを見る目が優しい。
あと、お近づきの印に渡した蟻たちの素材も大きい。周囲の魔物に比べると結構強い魔物だし、それを倒せる俺が暴れないということて敵対意思無しと判断してくれた。
最初に叫んだリーダーだけは俺の後ろで監視している。気配察知系のスキルが無くても分かる。変なことしたら切られる。絶対にヤバイ。
ちなみに獣人は人間に耳や尻尾が生えただけに見えるタイプと動物がそのまま人間の骨格になったタイプがいる。子どもと猫系の若者と羊系の女性は前者のタイプ、リーダーを含めた他4名は後者のタイプだ。人間に近い人たちはまだ好意的な雰囲気をくれる。ありがたい。
それでも少しは過ごしやすい空気になったところで移動していると緊張感を持って近づいてくる人が一人来た。俺よりも獣人たちは早くから把握していたようで緊張感ある顔をしていた。
無言で移動されてるから、そういった空気の変化は露骨に差が出るんですよ。まだお互いの距離感が分かってないから仕方ないよね。
ただ、その人からの伝令が危険なものだった。
「村が襲われた!?」
王国の滅亡がカウントダウンに入ったようです…。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「やはり貴様が!」
「やめてってば!」
「そうですよ!隊長!まずは戻らなくては!」
「奴らの仲間を人質にすれば良いだろうが!その方が確実だ!」
リーダー改め隊長さんは怒り狂っている。それでも足を止めない獣人族すげぇ。とはいえ、自己弁護はしておこう。
「奴らの仲間はこいつらで僕は別です。獣人族はある程度種族ごとに差はありますが、人間は考え方で区切られます。俺もこいつら殺すのは賛成ですよ。何なら一人殺したら信用してもらえます?」
脳筋の方を頭を下にして地面すれすれにする。このまま進めば頭を地面で削っていくことになるだろう。犯罪者なんだから拷問の末の死亡は覚悟の上だろう。できてないなら今から固めろ。
「二人とも殺さないのは戻ったときに人攫いのルートを潰すためです。幸いそういう非道なやり口に怒って味方してくれそうな知り合いがいるからです。何度でも言いますが、僕個人にあなたたちに害する意思はありません。許可してもらえるなら村の防衛にも加わります」
「お兄さんは信用して良いよ。絶対」
子どもからのこの信頼感はいつの間に得たのだろうか。不思議だ。でも信じてくれていると感じるのは嬉しい。それだけ応えようと思ってしまう。
そんな様子を見て隊長も折れてくれた。
「せめて目立たないようにしておけ。リセル様にすり傷一つでも負わせてみろ。生きてることを後悔させてやる
「分かりました」
あとでローブになりそうなものをアイテムボックスから出して被っておこう。今はアイテムボックスを見せられないし、手が塞がっているし。
この子はリセルというのか。様が付いてるってころは村長さんの子どもってところかな?大切にされているけれど、この子がやんちゃで村を飛び出したところにこの事件かな。
あとは今のまま出来ることをしておくか。
「あとどのくらいで村に到着しますか?」
「およそあと10分もかからない」
「分かりました。じゃあ全部吐かせましょうか」
手始めに氷を一つ落とす。多分右利きだったから今後の生活に支障は出るけど良いよね。理由はさっきも言った。叫び声を出させたくなかったから水で口を塞いだ。
「お前最初からこうなること分かってたよな」
氷で四肢を封じていた方を目の前に持ってきて聞く。
「自分は助かるかもと思って黙ってたんだろ。その思い違いを潰すよ。村で襲ってる奴らから聞き出しても良いんだから。お前単体の命を尊重してる訳じゃないんだ。お前らの立てた段取りから向こうにいるだろう人数とその中で戦闘出来るやつの特徴を強い方から言っていけ。全部だ。嘘や漏れがあったら…あとで殺す」
お読みいただきありがとうございました。