持つべきものは頼れる友人
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一応女の形をしているものを感情的になってボナソンと同じ目に遭わせることはしなかった。アガットというまだ知り合って間もないのが近くにいたからというのも理由としてはある。
幻魔法と雷魔法で思考を著しく鈍化させて話を聞きだした。そうでなくても剣がいつでも刺せるように浮いているのだから話してもらわないと困るが。
それで、分かったことと言えば色々あった。
イコシュアはこの国の平民だと偽っていたようだが、正確には正人類統制教会の工作員として王国に潜り込んできたスパイのようだった。
任務の一環として貴族の家に潜り込んでいたところをボルトム侯爵が令息だったころに見初められたそうだ。超興味無い。
侯爵家に嫁げるようにと別の伯爵家の養子となって嫁いできたらしい。そこから二十数年経ち、子どもにもしっかりと恵まれている。
しかし、元からの正人類統制教会の手先としての仕事は止めておらず、むしと王国の利益の中に組織のプラスになるような仕掛けを入れ込みながら現在に至るそうだ。
この女をつるし上げれば色々と潰すことが可能だな。というか、この辺に関しては俺の親戚だったあのクソ女がやったことと似てるんですけど、ゲームの開発者に俺の別の親戚でもいたのか!?
それはともかく、フレアワイバーンのことだけでなくタッツの町の騒動の全てもこの女の仕業だということが分かった。知っていることを吐けという言葉からマルクトもこいつの仲間の仕業だということを吐いた。
この組み合わせは思ったよりも素直に話させるのに最適なものらしい。今後に使えるので覚えておこうと思う。そうだな。魔法名は『自白』とでも名付けておこうか。
アガットは思ったよりも優しいのだなとか言ってたけど竜はもっと激しいのだろうか。詳しくは聞かないことにしようと思う。
ただ、これ以上はもう何もないと言い張ったから解除した。
「はっ!?……あっ、あなたたちに何をされても話したりはしないわ!」
『記憶はあんまり残っていないようだな』
「そうみたいだね。ねえ、おばさん」
俺の呼び方に一瞬呆けた後、自分のことだと分かったイコシュアは顔を赤く染めた。貴族婦人としての仮面を被る余裕はない。手足を縛られて床に転がされているのだから。普通なら命の心配をするところだと思うが、先程の話を聞いてからだと考えると組織の力を借りて報復を考えそうだな。
そのままにして去り際に忠告をしておいた。
「明日になればお前の夫に全てを話さずに王国警護に出頭しろ。そこで正人類統制教会としての全ての罪を洗いざらいすべて吐け」
夫に話させないのは下手に出頭の邪魔をされたくないからだ。妻の顔をした化け物女の自由を許していたんだ。いきなり出てきた不都合な事実で今までの権勢など落ちぶれてなくなってしまえばいい。
素直に話せば王国内での様々な事件に正人類統制教会が関わっていたのが明るみになるから、公式に敵対国となるだろう。そうとは知らなくても騙されて言うことを聞いていた権力者なら相応の責任を被ってもらいたい。
「そんなことをしたら私がどうなるか分からないじゃないの!?するわけない…ってなぜそのことを知っているの!?」
「記憶に残ってないってのは怖いな。お前が記憶していない罪も全て控えているよ。えっと、ダコハマリの実権を派閥の者に握らせるために敵対していた貴族を暗殺。この屋敷だって呪魔法で呪い殺した家を安く買い取ってたんだっけ?金にがめついところがあの女そっくりだよ」
「なんでそのことを…?」
「脅して吐かせた。あんたにはその記憶が残っていない。OKかな?もうあんたは明日からのんきに暮らしてはいけないよ」
「イヤよ!絶対にイヤ!私は幸せに暮らしたいの!」
この状況でまだ自分の心配をするなんて頭がおかしいんじゃないのか。帰ろうと窓の近くまで移動していたのをイコシュアの目の前まで戻りながら話す。言葉に怒りが籠るのを止められない。
「お前たちのせいで何人の人が亡くなったと思っている。何人が生活が苦しくさせられたと思っている!お前が破滅することに喜ぶ人間がいても悲しむ人間なんていない。だから実の子どもたちが屋敷に寄りつかないんじゃないのか」
この屋敷の主であるボルトム・スルマウは宰相であり侯爵家の当主だ。普通なら跡継ぎとも言うべき長男や言い方は悪いがスペアの次男もいるのだが。
望んで家を出てしまった。そこで親戚筋から当主の年齢に似合わぬ養子を引き取って教育している。
これは宰相家にとっては醜聞にあたる出来事らしい。貴族に関わりたくない俺としてはそういうものだということだけ教わった。
要するにイコシュアの悪事はバレる前から人間性として子どもからも見放されているのだ。盲目的に認めているのは夫だけ、そして国内に起こった事件の仕込み人といて出頭することでその夫もまとめて地獄に道連れにしろと言っているわけだが。
「私が私の信じる神のためにやったのよ!この国の人間がいくら死のうと知ったことではないし、私と私の神のために死ぬのなら光栄に思うべきよ!!」
こういった奴らが何度同じ圧力をかければ覚えるのか分からない。念動魔法で少し部屋の中を荒らす。
物書き用の机を叩き壊し、ベッドを持ち上げて叩き割る。鏡を割ったら破片を操作して部屋の中の調度品を全て傷つけていく。破片になったものは傷つけるための材料に早変わりだ。もはや貴族の部屋の中とは思えない。台風がこの部屋の中だけで荒らしまわったかのようだ。
ある程度荒らしたところでイコシュアに向き直る。
「これで今までこの国の人たちにばら撒いた悪意の少しでも感じることが出来たか?お前がやっていたのはこういうことだ。自分の守るべきところを一方的に荒そうとした。やられてからじゃないと理解できないようだからほんの少しだけ返してやったよ。せっかくお前の手で全てを終わらせる権利を握らせるんじゃないか。夫の失望も今までの生活からの凋落も組織からの報復も全てその身で贖え。人に害意を向けたんだ。報復を受けるくらい潔く受けろよ」
一人前に絶望を感じていたようだからついでに言っておく。
「いいか、俺もお前たちに理不尽を押し付けられた側だ。自分が被害者になった途端にもうやめてなんて言葉が使えると思うな。自業自得だ」
『どこで理不尽を受けたのだ?』
「魔物が暴れる事件に巻き込まれたりしてるんだよ」
今は真面目な話しているからアガットはちょっと黙ってて!
「何もしなければそれはそれですぐに分かる。出頭したと認めるのは明日の昼までだ。何もしなかった場合どうなるかはお前が自分で体験することになるぞ」
言い残して去ろうとしたところで。
「証拠も無いのに捕まるはず何て無いわ!覚えてなさい!」
最後に見た姿はまだ縛った姿だけど震えていた。
自分が暴力の理不尽さを受けるまで自分では理解できなかったようだ。自分は発案するだけで実行は別のものに任せていたからと言って犯罪の総元締めみたいなことをしていたイコシュアは捕まれば政治的にも犯罪の内容的にも二度と日の元には出て来れないだろう。
「自首と第三者の告発とでは大きく違うんだけど、どうなるかな」
☆ ★ ☆ ★ ☆
結局イコシュアは自首をしなかった。幻の中で話したことを現実と認められなかったからだろう。スルマウ侯爵は昼前には侵入者(の俺たち)を探す訴えを起こしたが昼過ぎに逆に屋敷を取り囲まれてしまった。政治犯として。
誰にこんなことが出来るかって?言わなくても分かるじゃないか。ザールさんの権力を使った。非常手段として使っていいと言われたからには使わせてもらう。
王国にとって敵対者であるイコシュアの身柄を超法規的に抑えることなんてザールさんには容易いことだ。『疑いがある』ってだけで拘束することは可能で、物的証拠はなくとも自白は取ってきているのだ。簡単に王国警護を動員させることが出来た。
連行時には無実を訴えていた侯爵だったが、自分の政策の裏でどんなことが起きていたのかを1つずつ知らされていくことで口を噤んでしまった。
実際に侯爵は宰相としては有能だったらしいし、汚れた仕事も少なかったらしい。代わりに妻がそんなことを行っているなんて考えてもみなかったらしい。思いついていたら溺愛などしていないだろう。これからどんな風に罪を償っていくかは知らないが、彼なりに責任は取るだろう。
イコシュアはどうなるか?二度と出て来れないだろうって予測を聞いたよ。
自業自得だね。
お読みいただきありがとうございました。毎回の文言は同じですが、毎日感謝しております。




