似ている顔
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夕食を終えてもスルマウ邸を取り巻く状況は変わらなかった。もはや隣の邸宅すら見えない状況だ。自分の屋敷だけかと思い、周囲を確認させに使用人を外にやったが、帰ってきて報告するのは貴族街全体に影響が及んでいるとのこと。
それならば多少は安心しても大丈夫かとも思いたいが、ただの自然現象と断ずるには異常だ。イコシュアは思わず歯噛みする。しかし、最初は狙いが自分かと思ったがそうではない様子であることに少し安心する。
完全に安心するためにいつもやっていることは次の一手を考えることだ。その思索にふけることにする。
「まずは送られてくる戦力の確認も必要だけど安易に暴れると足が付くわ。こういうのは秘かにやらないと」
現状国内で目立つのはユーフラシアとマルクトだ。ユーフラシアは昨年から産業の発展が目覚ましい。ザールに目を付けたのもそのころからだ。
マルクトは同胞が暴れたあとからの復興が思った以上に早かった。忌々しい限りだが、暴れたばかりで今すぐに何かを仕掛けるのは時期尚早というもの。
「ならば次はユーフラシアね。今回のイレブンとか言う子どももザールとかいう若造もあそこが拠点のようだし、何か仕掛けるには一番じゃないかしら」
冒険者の街というからには冒険者が多くいる。ここに邪獣人化するポーションを少量ずつ混ぜた食品でも販売するのはどうだろうか。自分で飲んだことは無いが、液体だから何にでも混ぜやすい。
王都からの珍味だと言って広めるのはどうだろうか。少しずつ摂取させることでどうなるかの実験データも取れるし、戦力を削ぐことも出来る。場合によっては街ごと潰す良い口実になりそうだ。
夫のボルトムには、今勢いのあるユーフラシアで何かしようとしている若者を応援するとか言えば出資するだろう。
食材の調達などに関しては近くに食材の宝庫ダンジョンもあるから問題無いだろう。あとは現地で動く工作員を整えれば問題無い。ある程度の計画を紙へと書き出す。
これをいつものように影に言い付ければ準備は整う。連絡を取るのは明日の予定になっているからここから更に詰めていくのが良い。
ここか更に何を加えてやろうか、そう思った時だった。
窓から何かが覗いている視線を感じる。いつの間にか時刻も深夜に差し掛かることに気が付いた。連絡が入らないということは夫は今日は王城に泊りということなのだろう
そう。余計なことを考えないとやってられない。ここは3階なのに外から覗き込んでいる眼が見える。人の大きさではない。そして……自分のことを敵視していると感じ取ったとき、全身の身の毛がよだつような感覚を覚えた。
「きゃーーーーーーー!!!」
イコシュアは思わず生娘のように叫んでしまった。逃げ出せという指令を脚に送るが、その前に腰が抜けてしまって立つことが出来ない。しかし、叫んだことで使用人たちが部屋に入ってくるはずだ。
正人類統制教会のことを考えることが多いため、普段は入って来ないように言っているが今日は叫び声をあげるくらいだ。すぐに来るに違いない。
出来ることは少しでも窓から離れること。動いているから生き物なのかもしれない。それよりも逃げなくては。
誰にも見られていないから良いとイコシュアは思っているが地面を這うようにして逃げている姿は見られたものではない。
どうにか扉のところまで動いたときだった。
「この女で間違いない」
若い男の声が室内から聞こえた。後ろを向いている間に窓から侵入者が入ってしまったようだった。後ろを振り向くと二人の影があった。
「オオカワイ…トーコ…か?」
イコシュアは記憶には無いが何か懐かしさを覚える言葉を聞いた。
☆ ★ ☆ ★ ☆
【イレブン視点】
証拠を集めるとするよりも本人に自白させていく方が話がはやい。悪事を常習的に行うようならそれはもはや人間社会における害虫だ。駆逐するに限る。
その際に腕の3本か4本くらい無くなっても首と体が残るのだから感謝してほしいくらいだ。命を奪ったら命で償う。前世でもこれが徹底されていないのが不思議で仕方なかった。おそらく被害者側に回ったことが無いから言える戯言なのだろう。傷つけられただけでもこの世から排除したいほどの害悪はこの世に存在するのだから。
貴族街だけだと怪しまれるので少しだけ近い家も巻き込んでまずは霧だらけにする。通いの使用人が帰るだろう夕方以降から少しずつ霧を発生させ、日暮れとともに徐々に濃くしていく。これにもちゃんと理由がある。
『元の姿の方が魔力の追跡は行いやすいのでな。手間をかけたか?』
「竜の姿でうろつかれるくらいならこのくらいの手間はなんてことないよ」
霧が十分に行きわたるまでは人化した姿だが現在は元の姿に戻っている。相変わらず大きい。ちなみに人化しているときの魔力を辿る感覚は糸だが、元の姿に戻れば紐くらいの太さで探せるようだ。
途中でプツンと切れてしまうよりはもう少し確度を高く保ちたいので元の姿で探してもらうことになり、隠すために霧を発生させることにした。
すぐにスルマウ邸に到着する。空中からの侵入で着地するときに地響きくらいたてるのかと思いきや意外と静かな着地だった。
『これは潜入なのだろう?静かにするものだと聞いたが?』
「そうです。俺が間違ってました」
もう少し空気読まないかと思ってたとかまでは言わない方が良いんだろう。
バカと煙は高いところが何とやらって言うから紐の感覚を頼りに上の方から見て回ってもらっていたらすぐに見つかった。すぐに3階に浮かび上がったが、ついでに気づかれたことを報告される。とにかく変に人を集められてもいけない。屋敷の中の人には気づかれたくない。部屋を魔法で覆って、音が周囲に響かないようにしておいた。いわゆる消音結界というヤツだ。これで中で騒いでもバレない。
見えた感じではアガットが見えて叫んでいたようだから消音はギリギリ間に合ったと言っていい。バタバタ暴れる音も察知されずに済んで良かった。
窓のカギを内側から念動魔法で外し、開けたころにはアガットも再び人化の術を使って先に中に入る。俺は外側の確認をしておく。見上げられたところで気付かれはしないだろうけど念のためだ。
そして先に入ったアガットの仕事は確認だ。
「この女で間違いない」
竜が自信をもって告げるのだ間違いないだろう。一緒に確認しようと顔を見て体中が粟立つのを感じた。
「大河居…燈子か?」
『それがこいつの名前か?』
そっくりだったから思わずつぶやいてしまった。
「いや、俺にとって何度殺しても殺したりない相手に似てただけだ。おい、お前の名前はイコシュア・スルマウで合っているか」
天昴だけでなく念動であと5本ほどの剣を突き付けて聞く。一気に白くなったイコシュアの顔はただ頷くだけになった。
『先に調べて来ていたのか』
「当たり前だ。ここまで来て人違いとかやってられないからな。でもこいつが立派な悪意の塊なのは見れば分かる。最悪だな」
悪事でも考えていたのだろう。周囲の感情図が黒々と光っている。
『先程の名前は何だったのだ?』
「本気で話すと一晩では終わらないぞ」
『手短に頼む』
俺だって長々と話す気にならない内容だ。短く終わらせたい。
「金欲しさに自分の兄弟殺して、その中に俺の父親がいた。母親からも言葉巧みに金を奪って、俺の家を困窮に追いやった女だよ。ヤバい宗教にハマって色々と殺ったりやらかしたりだったのもあって、裏稼業の人間に頼んで俺の目の前で殺してもらった女だよ」
同じ世界でも似ている人は3人はいると言うんだ。異世界も含めば似ている人には出会うものなんだろうな。初めての体験をこいつで味わうことになるなんて最悪だ。
『お前ほどの男が依頼したのか?』
「これは今の俺の話じゃないし、その時の俺に戦闘能力は無い。今の強さはこの大陸に来てからの努力だ」
込み入った話は後で話すとアガットに伝える。詳しい話はまだ彼にはしていないからな。今の言い方なら異世界云々の話は隠せているはずだ。
「さて、お前みたいな顔の女に俺は手加減できないからな。痛い目に遭いたくなければキリキリ話せ」
割と本気で殺意を込めて剣を向けた。
お読みいただきありがとうございました。毎回の文言は同じですが、毎日感謝しております。




