追い詰められる側の話
途中で久しぶりに第三者視点になります。
ブクマ・評価・いいねなどいつもありがとうございます。読んでいただけるだけでありがたいです。お楽しみ頂けると幸いです。
ボナソンのところに行ってきたところで特筆すべきことも特に無い。
空間接続で巡回がいないタイミングを見極めて潜入、アガットを連れて行ってワイバーンの魔力にへばりついていた痕跡らしい魔力を把握してもらっただけだ。直接会っていたらしいことも分かったのだが、ボナソンも半分壊れているので聞くのは止めておいた。
情けをかけるなら止めを刺す方が良いのだろうがそんな優しいことはしてやらない。
『お主に逆らうとここまでされるのか?』
「だって、村滅ぼした張本人だよ」
『首をはねておかぬのか?』
「まあこうやって手がかりになったからね。良しとしなきゃ」
こんな会話があっただけだ。しかも本当に優しさからの発言でもない。アガットは心の機微に疎いようだからこれで問題無いのだ。
「そんなことよりも臭いはずっと覚えていられる?」
『臭いと表現してはいるが、魔力痕跡の追跡だ。一度覚えれば問題はない』
「じゃあ明日から探そうか。よろしくね」
『ふむ。よかろう』
「じゃあおやすみ~」
以上が寝る前に起こした行動だった。片手間に牢獄に侵入したりしたけど目的のためだから仕方ないよね。深夜だから眠かったし。そしたら翌朝だ。
『魔力の元の小さき者を見つけたぞ。ついて来れるか』
まだおはようも言う前にこんなことを言われたもんだから固まるしかない。
「はぁ」
『ならばよし。ついて来るが良い』
何がならばだ。
「ちょ、ちょっと待って!」
準備を整えて下見に出ることにした。
一般的な住宅街から商店が並ぶ区画を通り抜け、貴族が住む貴族街に入る。入るだけなら問題無いが、警備の衛兵にはいい顔で見られることは無い。じろじろと警備という免罪符の元見張られている。
『なぜあんなにも見てくるのだ?知り合いか』
「違うよ。警備のためだよ。何か仕出かさないかを見張ってるんだよ」
『捕まえるべきものを捕まえずに何を言っているのだ。怠慢である!』
「今から捕まえにいこうとしているだろう?アガットでないと見つけられなかったんだから仕方ないと思ってやってくれよ」
『むぅ』
納得はいってないが、自分が人間には出来ないことをしているとは思い出したようだ。他にも引っかかることはあるようだが、治めてくれるらしい。
他にもいろんなところから視線が刺さるが、俺が武闘大会優勝者で握手会もどきをしていた本人だと分かって視線を投げかけている人もいるみたいで視線の種類が違うものもあった。
「はやくここから帰りたいけどまだなの?」
『近くはなってきているぞ。ほら、そこだ』
「あそこか。外から見ただけでは誰の家か分からないけどな」
場所さえ分かればどうとでもなるし、また夜中に忍び込んでも良いだろう。そう思っていたら警備兵に見つかった。
「貴様ら!宰相様の家に何か用でもあるのか!」
「ここは宰相の家なの?」
「そうだ!……知らなかったのか?ますます何の用だ?」
これは物取りの線を疑われているな。仕方ない。
「俺も一応金級冒険者だからさ。何か犯罪をするとかはないよ」
冒険者証を見せて身元をはっきりさせておく。アガットの身元は俺が保証する形だ。
「しっ、失礼しました!」
冒険者証を見せると途端に敬礼を見せて緊張感を走らせる。ただの子どもだと思っていたら化け物然とした冒険者だもんな。本物の竜が目の前にいるって言ったら余計に驚くだろうな。
話を聞くとアガットがここだと言い張る家はスルマウ侯爵家の家で現宰相の家だそうだ。王族の血が入っていない中では一番上の侯爵で政治のトップらしい。
だがこれで尻尾は掴んだ。
娘ってことは無いだろう。若い人はあの握手会もどきのときに大体済ませたと言われているし、俺の魔力には直接目当ての臭いは付いていないことから年上の女性が犯人だ。
恐らくは宰相の妻辺りが犯人なのではないだろうか。しかし、証拠も無ければ確証も無い。アガットがそう言っているだけという状況だ。しかもボナソンまで捕まえてしまえばもうかなり戦力は削ぎ落としてしまっているのではないだろうか。
警備兵さんとはここでお別れ。最後には握手してくれとかお願いされた。まあ優しく対応しておいたけども。
『で、これからどうするのだ?』
「どうしようかな。証拠がないなら無いなりのやり方ってもんがあるよ」
そう言ってにやりと笑った。
☆ ★ ☆ ★ ☆
その日、スルマウ邸は不気味にも霧に包まれていた。昼間は晴れていたし、王都の中で霧が出ることなどほとんど無いにも関わらずだ。
使用人たちもどこか怯えている。通いの者は早々に仕事を終えると逃げるように帰って行ったことを部屋の窓から見ていた女がいる。
イコシュア・スルマウはボルトム・スルマウ侯爵の妻だ。どんなときでも貴族らしい服装ときついメイクが特徴である。下級貴族では一部分ですら手に入らないだろう生地で作られたドレスを毎日着ている。しかし、その腹の中は真っ黒である。
「秘密裏に進めてきたというのになぜこんなことになるの?」
持っていた扇を握る手に力がこもる。自分がいつ捕まるか分からない不安からだ。この国を組織に捧げようと色々と手を回してきた。一番は宰相となる夫であるボルトム・スルマウの妻という地位を手に入れたことが大きい。
ボルトムは頭は良いのかもしれないが人が良すぎる。少し囁くだけでイコシュアの献策を自分の策のようにして取り上げてくれる。それが国に多少の被害をもたらすものでも盲目的に信じるのだ。本当に役に立つだけのものも挙げているからバレていないこともあるだろう。
今までして来た嫌がらせは多岐にわたる。
タッツの町を滅ぼすために無害な花を装ってゴンゴルの花を広めようとした。最近王都でも聞くようになったザールを潰すためだ。武闘大会に参加するべく王都に向かってくるらしいのでその道中を狙って始末しようと考えた。
何かしらの魔物の氾濫が起こればただでは済まないと考えた。しかしザールを巻き込むことなくイレブンたちがあっさりと治めてしまった事で作戦は水泡に帰す。
そもそもザールに目を付けたのもマルクトでの正人類統制教会の仲間の一人がやられてしまったと聞いたからだ。実際にどう倒されたのかは分からなかったが、事後に積極的に動いて治めた功労者の一人がザールだとされている。
だから狙った。しかし失敗に終わったことで奴の周辺に強い護衛がいることが分かった。精々がコカトリスくらいだから強くても金級クラスだろうと考えていた。
このようにイコシュアの誤算は実際は色々な要素が絡み合っている。まずタッツの町では普通の金級でも太刀打ちできないレベルの魔物が発生しており、それを上回る実力でイレブンが倒したとは夢にも思っていない。なぜなら武力系の構成員ではないため強さの想定が出来ていないのだ。しかも直接の指示ではなくボルトムを介した指示になるので詰めも甘い。
ゴンゴルの花も町中に咲かせることで直接的に被害をもたらせようとしていたが、町の住人が拒否。持ち帰れないので町から遠くの場所に植えて帰ってきたという経緯がある。
何の因果か結果がほぼ同じだったためイコシュアは現在に至ってもそこにミスがあったと思っていない。
ちなみにタッツの町もついでに潰してしまえと考えていた。正人類統制教会とは関係なくユーフラシアからダコハマリ経由で王都に向かう道中はボルトムが懇意にしている貴族の領地だったからだ。
タッツの町が落ちぶれれば逆に栄えるという目論見もあった。ボルトムが気づかないだけでこうした形で何度もイコシュアはボルトムを援護している。
簡単に言えばイコシュアにとって悪意をばら撒くことは呼吸することと同じだ。ただし、自分にルールを付けている。誰にもバレないようにするというものだ。奇跡的なのか盲目的なのかボルトムにもバレていない。
武闘大会にしても無理矢理潜り込ませたモルクもあっさりと負けた。(忘れている人もいるかもしれないが)イレブンの一回戦の相手だ。貴族だから敬われて当然だというようなことを言っていたやつである。
本当に奥の手だった協力者であるボナソンも喜劇のような形で負けてしまった。その様子を見て正人類統制教会から解放されたがっていることが分かったイコシュアだったが、裏切り者には容赦しないのが掟だ。
ボナソンを再度焚きつけて逃げ場も無いこと、今までに為したことが許されるわけが無いと言い聞かせて表彰式に飛び入りさせた。援護で王都を荒らすつもりだったが自分の家までは破壊するつもりは無かった。
だというのに、またイレブンという子どもに邪魔をされた。常識では測れないほどに強いことをこのときにようやく悟った。
そこから包囲網は狭まっている。犯人が女であることがバレた。夫に言わせて言われも無い罪人を探すためにという名目で途中で止めさせたが若くないこともバレた。認めたくは無いが。
あともう一つ何かバレてしまえば特定されてしまいそうだ。いざというときの奥の手はボナソンとワイバーンで既に切ってしまっている。
そんな女の最後が近づいている。
お読みいただきありがとうございました。毎回の文言は同じですが、毎日感謝しております。




