とりあえず二回戦の後片付け
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場外に降りるとゾルガンが治療のために連れて行かれようとしている。休憩にるんるん気分でいこうとしている審判さんを呼び止めて一言伝えておく。
「すいません。あいつ、村を1つ見捨てて逃げた疑いがあるんです。もしかしたら冒険者組合並びに憲兵に突き出す必要があるかもしれません」
「えっ」
審判さんの笑顔が固まる。これから打ち合わせはあるだろうけど内容の濃い二回戦を終えてようやくの昼休みだ。今俺が言ったことで諸々の手続きが発生したら休みが潰れかねない。
それでもゾルガンに鉄槌を下すために避けては通れないことだと思って耐えていただきたい。
「後でお勧めのご飯差し入れするんで」
「絶対ですよ!」
思ったよりも簡単に釣れてしまった。食に飢えているのだろうか。表情がコロッと変わって引き受けてくれた。知っていることを伝える前に審判さんは周囲の人を呼び留めると簡単に指示する。
その後は俺の知っていること―ディライ村のこと、ティートとセラの名前は言っていないが子どもを2人保護していること、その子が村でゾルガンを当日見たと言っていたこと、なのに俺が村に行くまで誰も援護に向かった形跡が無かったこと―を話した。
既にゾルガンは治療のために連れて行かれているが、審判さんの指示した人が治療を終えた後は事情を聞くために拘束してくれているらしい。
何かしらの自覚があるのは何かを隠しているのは確かだ。しっかり暴いてもらいたい。
「何を頂けるんでしょうかね」
「仲間と合流してからのお楽しみということで」
話した後にゾルガンのところに行くのかと思いきや審判さんはついて来ようとしている。逃げると思われているんだろうか。
「何でついて来るんですか?」
「ご飯くれるんでしょう?今王都を騒がせる金級冒険者が普段何を食べているのか興味があります!」
「騒がせるほどのことはしていないつもりですが」
「でしたらこの武闘大会の結果がそれに当たるでしょう」
それはまあそうか。勝ち方はともかく相手の引きはすごく悪い。次はルブトだからまた頭が痛い話になる。あいつにはバイトが傷つけられた礼をしっかりとしないといけない。
先は予想通りになりそうかな。性格的には波乱がない方がありがたい。俺にはのんびりと依頼をこなしていく方が合っている気がする。
特別観覧席まで連れて来て事情を話し、昼ご飯の一部を提供した。審判さんは満足したもののまだ食べていない味に後ろ髪を引かれつつ去って行った。ゾルガンのこと以外にも色々とやることあるらしい。
いなくなったことを確認したらリセルが若干怒ったように質問してきた。バイスの治療は既に終わっていたから最初からいたが、礼を言えていなかった。
「バイスの治療ありがとうな」
「それはまあいいんだけど。さっきの審判さんはなんで連れて来たの?」
「ゾルガンの拘束してもらう賄賂で食事の提供を提案したから」
何も隠すことが無いので普通に受け答えしたつもりだがリセルのお気に召さなかったらしい。
「アイテムボックスから出せば良かったじゃない」
「アイテム類の持ち込みを制限してる大会に出場した直後だぞ。出したらマズいだろうが。アイテムボックス代わりのいつものバッグも中に入れてるんだから」
「それはまたおかしな話だよな」
「ロイーグさん茶化さないでください」
「リセルは武闘大会でファンもついている審判の女子をイレブンが連れて来たことにどうして良いか分からないのだよ」
「そうなの?」
聞こうとしたころには姿は見えなくなっていた。隠れてしまったらしい。精霊に力を貸してもらって全力でいなくなったみたいだから探そうとしても少し難しい。
「コトシュさ~ん」
「わたしが後で謝っておくよ」
「俺もそこまで何も考えてませんでした。だってあの審判さんって相当強いですよ。ボナソンと同等のことは全然できるんじゃないですかね」
体術やら見切りやらが使えないと大会の審判なんて出来ることではない。只者ではないだろう思ってゾルガンのことを話してみたら治療してからとはいえ拘束までしっかりしてくれるようだし、権力持ちで好意的な人とは繋がりを持っておいて損は無いと判断した。
「見ていて回避能力は大したものだと思っていた」
「何も考えずに見てしまっていたな」
「トワとは違いますけど一種の隠密の動きですね。周囲に違和感を持たれないように動くことが出来れば人がいるところでも活動できますし」
「なるほどな。トワとは何が違うんだ?」
「トワの場合は発見そのものが難しいんです。それに人に見つからないようにする森や暗闇の中が主戦場ですね」
「そう聞くと見つかってからも姿を消せるほうが良いように聞こえるけどな」
「一長一短ですよ。最初から見つからなければ問題無いんですから」
トワと審判さんの能力がどちらが上かみたいな論議をしていたが、リセルは帰って来なかった。
既に休憩に入った時点で昼は大きく過ぎていたが、今はおそらくだが14時を過ぎたくらいだと思われる。時計なんて高級品は出回ってないからね。もうすぐ再開するための審判さんのアナウンスが入るはずだ。その前にバイスの様子でも見に行こうかな。
「俺そろそろ行きます」
「おう。がんばってこいよ」
「油断しても負けはしないだろうが、油断はしないようにな」
「ありがとうございます。気を付けます」
観覧席を出て行く前にソウガを中心に撫でておいた。蜂娘たちにはなんというか必勝の祈りを捧げられてしまった。苦笑はしつつもありがたく頂戴しておく。
その後バイスの様子を心配して面会したいと伝えると審判さんが気を利かしてくれていたのか特に止められることも無く案内してもらうことが出来た。
案内された先の部屋に入ると病院では無いから殺風景ではあるが傷の手当てを済ませてベッドに寝かされているバイスがいた。俺の顔を見ると体を起こせたところを見ると問題ないようだ。近くには泣いただろう顔のグーボン、フチョキに一人だけ泣いた跡の無いパーヴィがいた。3人とも俺に頭を下げてくる。
「ケガは何ともないか?」
本当は運ばれる前に粗方治療してあるので問題は無いはずだが、気が付かないところで何かあったら困る。その万が一に備えてリセルが加わっていたのだから余計な心配に過ぎない気もするが、見舞いなのだから第一声はこれで良いだろう。
「何ともない」
フチョキに促されて備え付けの椅子に座らせてもらったら小声で告げてくる。
「傷を一番に塞いでくれたのはイレブンだろう?その後にリセル様も様子を診てくれたと聞いている。恩に着る」
「気にするなよ。目の前で死なれたら寝覚めが悪くなるだけだからな」
「理由がどうであれ、僕が助けられたのは事実だ」
「まあ条件付きだけどグレイブ村には連れて行くよ」
「例え死の村だろうがついて行くさ。二度も命を救われてしまったら、反論の口すら持てない」
「別に命がけでついて来いって言わないから。3人も構わないかな?」
念のためジャンケン3人組にも聞いておく。
「もとより坊ちゃまのために使う命です。お気になさらず」
良かった。これでまた人材確保できた。体に違和感ないようにすることだけ言い含めて後にする。まだ時間があるようなので別のところにも顔を出しておこう。
「次はゾルガンのところに行きたいんだけど案内してもらえるかな」
隠れて監視していた審判さんたちの一派だろう人に声をかける。動揺もしないで姿を現す。
「こっち」
案内してくれるらしいのでついて行く。どんどん人気の無いところに連れて行かれると暗がりに通路があってそこに入るとゾルガンだけでなく、ホイトや組合の酒場でつるんでいたゾルガンの仲間たちが拘束されて椅子に座らされていた。案内されてきた俺には強気な態度を見せるので外に漏れないように魔力を解放してみる。精霊さんも空気を読んで制限も無しだ。
全員がガタガタ震えて股の間にシミが出来ていく。掃除大変なんだからやめろよなとしか思わないが。
「隠し事しないで話せ」
冷静に話し合いたいところだがあいにく時間が無い。なんだかんだ言ってトワは俺に戦っているところは見せたいはずだ。まだ話してくれないようで、これは困った。どうしようか迷っていたら案内してくれた人が近づいて来て一言アドバイスをくれた。
「魔力抑えて」
魔力がきつかっただけらしい。話すことはおろか呼吸すらためらわれるほどの圧力だったらしい。そっか、そうだな。強者と言われている人でも3桁後半に入ったところぐらいだもんな。俺の数値的には魔力だけで3500だし、そこにスキルレベル考えるととんでもないことになるか。納得した後引っ込めると椅子に座りながらきれいに気絶していく。
冷水をぶっかけて無理矢理たたき起こした後の尋問は簡単に進んだ。結論から言うとゾルガンたちは逃げただけ。貴族との婚姻が近くなってきたときに逃げた事実を隠したかったそうだ。ゾルガンが問題無いと報告したことで村の惨状の発見は遅くなった。それまでは荒いところはあっても貴族と婚姻を望まれるくらいだからまだマシな冒険者だった。だからゾルガンがいなくなった後に何かあったのかもしれないと思われていた。俺がティートとセラを保護したことで風向きが変わったらしいが。
暗がりの中でゾルガンが呟く。
「なんで俺がこんな目に遭うんだ」
最初から正直に逃げたことを言っていればあの二人はもっと早く助けを得ることが出来た。大会で恥ずかしい姿をさらして負けたのはそのお礼だ。その影響で婚姻間近だった貴族がどう思うかは知らないけどな。変わらずお前を大事にしてくれたらいいな。
お読みいただきありがとうございました。毎回の文言は同じですが、毎日感謝しております。




